――ウェールズから響く音楽1:ポピュラー・ミュージック―― 人を食ったようなアルバム・ジャケット。アルバムごとに変化する音楽性。捻れたメロディ。しかしその音楽の中心を流れているのは、疑い様もないウェールズ人気質である。 スーパー・ファーリー・アニマルズ(以下SFA)は、93年にウェールズ語と英語のバイリンガルのメンバーによって、カーディフで結成された。その中心人物は、ウェールズ語を第1言語とする、ペンブルックシャー生まれで北ウェールズはベセスダで育ったグリフ・リース(Gruff Rhys)(Vo&G)(70年生まれ)だ。 バンドの母体となったのは、ファ・コーフィー・ポーブ(Ffa Coffi Pawb)というバンドである。Ankstレーベルと契約した彼らは、3枚のアルバムを残し、解散する。その直後、アンレーヴンのヨーロッパ・ツアーに同行したライス、ダヴィズ・エヴァン(Dr)(1969年生まれ)は、元ウ・サント(U Thant)のギト・プライス(B)(1972年生まれ)と、ヒュー・バンフォード(G)(1967年生まれ)を迎え、SFAを93年に結成する。ギトがアンレーヴンのツアーに同行しており、新しいバンドの話が進んだようである。当初はテクノ・グループだったそうだ。ここにキアン・キアラン(keys)(1976年生まれ)が加わり、現在のSFAとなる。 Ankstレーベルから、2枚のウェールズ語で歌ったシングルを出した後(うち1枚のタイトルは「最も長いシングル・タイトル」としてギネスに認定された「Llanfairpwllgwyngyllgogerychwyndrobwllantysiliogogogochynygofod(in space)E.P.」である)、英語で歌うことを条件を飲んでクリエイション・レーベルと契約。クリエイションよりよりSFAは、『ファジー・ロジック』(Fuzzy Logic)(96年)でアルバム・デビューする。この年に、早くも初来日を果たす。その年のNew Musical Exress誌のブライテスト・ホープ賞と、読者投票による最優秀新人賞を獲得。 「Llanfair〜(in space)E.P.」のジャケット。左がCD。右が7インチ。 そして2005年8月、通産7枚目となるアルバム『ラヴ・クラフト』(Love Kraft)が、2007年には『ヘイ・ヴィーナス!』が、届けられた。まさに彼らは、留まるところを知らないようだ。その後、少々音沙汰がないと思いきや、2009年4月には新作Dark Days/ Light Days(2009年)が届けられた(註:SFAのサイトでは3月よりリリース)。『ヘイ・ヴィーナス!』と対になる作品だが、実にSFAの世界を広げる大傑作となった。 [アルバム(選)] ■Fuzzy Logic (96) (Creation / CRECD190) デビュー・アルバムにして、UKチャート最高23位を飾った。ブラス・セクションやストリングスを招いて、カーディフで短期間の間に録音された本作は、SFAのアルバムの中で最もロック色が強い。ポップなメロディーの合間を駆け巡るキュンキュン鳴るシンセと、その下で鳴る歪んだギターが、どことなく、毒気を抜いた初期ロクシー・ミュージックのようでもある。まるでアルバム・ジャケットにコラージュされた男の顔写真のように、曲が変るどとにその音楽の表情は変る。だが、そこには彼らの特徴となる、捻れたメロディとポップ・センスが一貫して流れている。デビュー・アルバムにして、既にその音楽性が確立されていたということか。 ■Radiator (97) (Creation / SCR 488719 2) UKチャート最高8位。非常に優しく、静かな音ではじまり、方向性が変わったのかと思わせられる。だが、2曲目にしてSFAのアクの強さが健在であることを知らされ、3曲目のアコースティック・ギターと電子音楽のようなシンセにノック・アウトされてしまう。前作以上にサンプラーなどのデジタル・テクノロジーを取り入れ、コーラスにも力を入れた作品となった。まともなようでいて、ねじくれたメロディとひと筋縄ではいかない曲の展開が、SFAの更なる発展を期待させる。 ■Out Spaced (98) (Creation / SCR 491564 2) シングルB面のみのリリースの曲などを集めた、レア・トラック集。オリジナル・アルバム以上に過激で、ヴァラエティに富んだ曲が並んだこのアルバムは、聴く度に目眩がするほど素晴らしい。まるでイーノ在籍時のロキシー・ミュージックと、初期ソフト・マシーンをまぜこぜにし、SFAのミキサーにかけたようなキッチュな魅力がたまらない1曲目に、先ずはノック・アウト。けだるくも悲しい4、5、7曲目や、ギターとシンセのアクの強い6曲目、展開の早い名曲8曲目、非常に美しく、深い歌詞をもつ12曲目など、次々に炸裂するSFA節に満足しないファンはいないだろう。1曲1曲のレベルが非常に高く、そのため満足度も高い。シド・バレット在籍時代のピンク・フロイドにSFAのフィルターを通したような2曲目や、13曲目後半の電子音楽の洪水は、レア・トラック集ならではの収録といったところ。イギリスで発売された限定盤は変形ジャケットだった。 ■Guerrilla (99) (Creation / SCR 494594 2) UKチャート最高10位。デジタル・テクノロジーを、SFAの音世界に完全に溶け込ましてしまった傑作が本作だ。ドラムン・ベース(ジャングル)は、久しぶりにイギリスのロンドンで生まれた新しい音楽ジャンルだが、ウェールズ出身のSFAはそれすらも喰らって、消化してしまった。特に6曲目と9曲目でドラムン・ベースを取り入れながら、平然とSFA節で歌うライスは最高に格好良い。アクの強さは、前作以上だ。その間に挟まれた暖かい音の8曲目は、SFAの優しさ溢れる名曲だ。そのタイトル「無から生まれるものもある」(“Some Things Come From Nothing”)とは、いかにもウェールズらしいタイトルだ。英語の“nothing”に相当するウェールズ語“neb”は、日本語の「無」と同じで、英語では不可能な、「無から生まれる」とか「無になる」といった用法が可能である。ウェールズ語を第1言語とするライスは、ここからこのタイトルを思いついたのだろう。 ■Mwng (2000) (Placid Casual / PLC03CD) UKチャート最高11位。前作から一転してデジタル色が薄れたが、捻れたポップ・センスとアクの強いSFA節は健在だ。しかし言葉が変れば、その音楽にも変化が生じる。全曲がウェールズ語で歌われており、これまで以上に歌詞にウェールズの姿が現れている。9曲目では、ローマ人が作ったウェールズを南北に横断する道を車で走ることを歌うが、ここにはウェールズ民謡の響きも聴かれる。SFAにしては、珍しいことだ。このアルバムの歌詞はウェールズの歴史や現状を反映し、時に悲惨なものとなる。しかしこれらの暗い歌詞を明るく響かせしまうのは、虐げられた民族である、ウェールズ人特有の反骨精神から生まれる気質だろう。アルバム全体に、ウェールズの民が流した血が染み込んだ土の臭いがある。なお個人的な感想だが、SFAはウェールズ語で歌ったほうが、自然体に近いように感じられる。 ■Rings Around The World (2001) (Epic / 5024132) ポール・マッカートニー、ジョン・ケイルらが参加したこのアルバムは、再び英語で歌われている。前作ではウェールズの内側へと向った彼らだったが、英語で歌うことで、ウェールズを飛び出し、世界的な視野で歌詞や音が描かれている。それぞれの曲はまるでコラージュのように、様々な音が組み合わされている。その音自体は決して不自然ではない。だが、それらの音がつなげられると、突然、不協和感が出てくる。例えば、テクノ、アコースティック、捻れたメロディが混在しながら進行する2曲目では、それをハード・ロック的なギターが幾度となく分断してみせる。それでも平然とタイトル曲の3曲目につながるが、このつながりが、個々には完成された世界でも、それらがつなげられると不協和音を響かせる、不条理なより大きな世界を示しているようだ。なお、このアルバムのために用意された曲は、全部で23曲にも及んだという。そこから選ばれた13曲が、このアルバムを形成する。UKチャート3位を飾った、快心の一撃である。CDとDVDの両方でリリースされた。 ■Phantom Power (2003) (Columbia / 5123752) 本当にSFAは休むということを、知らないのだろうか。前作から2年も待たずにリリースされた本作は、前作と同じくスローからミドルのテンポの曲が多い。しかしながら、流石のSFAだ。新たにカントリー・ミュージックの要素を取り入れ、更に自分たちの世界を広げている。デジタル色とアクの強さが弱冠薄れたのは残念だが、そのポップ・センス溢れるメロディは健在だ。むしろアクが抜けて、センスが浄化されたようですらある。シド・バレット在籍時のピンク・フロイドのような9曲目「アウト・オブ・コントロール」(アルバム・タイトルが歌詞に含まれる)で歌われる、現在、世界中どこにでもある民族間の紛争から生まれた世界の歪みと、続く10曲目で歌われる、その歪みから生まれた悲劇が、このアルバムのクライマックスのように私には思えてならない。チャート最高4位。 ■Song Book Vol. 1 (2004) (Epic / 517671 2) シングル曲ばかりを集めたコンピレーション・アルバム。“The Singles”とサブ・タイトルにあるように、シングルとしてリリース済みの曲ばかりを集めたアルバムとなっている。処女シングルとなる“Hometown Unicorn”も含め、全21曲を収録している、かなりお買い得なアルバムだ。同じくコンピレーション・アルバムとしては、過激な印象が強い『アウト・スペースド』(98年)と比較すると、おとなしめで、ポップな曲ばかりが並ぶ。上質なポップ・ソング集としてSFA入門編としては最適だろう。しかしその反面、SFA節に既にはまった人には物足りなさが残るかもしれない。 ■Love Kraft (2005) (Sony BMG / 5205016) プロデューサーにベイスティー・ボーイズのマリオ・カルダートJr.を向かえ、スペイン、ウェールズ(カーディフ)、ブラジルと3カ国にわたって製作されたアルバムである。全曲の作曲/編曲にメンバーのほとんどが参加している。そのためか、フロントマンのグリフによれば、非常にグループにとってパーソナルな作品になったとのことだ。「愛」を主題に持ってきたこのアルバムは、全体を通して毒の抜けた、非常に穏やかな作品に仕上がっている。どの曲をとっても歌のメロディが中心にすえられ、そのどこかで聴いたことのあるようなフレーズが、次々とSFAのフィルターを通じ加工され、排出されていく。この排出作業が非常に巧みで、SFA独自の世界を作り上げている。本作が傑作であることは疑いない。だが、シングルカットされた「レーザー・ビーム」に聴かれる音遊びや、初期のSFAを彷彿とさせなくもない13曲目「サニー・セヴィル」が、本作では浮いてしまっている印象を強く受けるのも事実だ。 ■Hey Venus (2007) (Rough Trade / XQCY 1003) かなり明るいアルバムだ。前作の雰囲気を残しつつ、更にポップな方向へとSFAが向かっているのがわかる。歌詞に使用されている言葉も、非常に簡素だ。また、似た表現や言い回しを繰り返し使用することで、聞く人の耳に言葉が耳から離れなくなる効果を上手く使用している。デビュー当時にみられた突飛な展開を繰り返す楽曲も少なくなり、ギミックも料理ならばスパイス程度に抑えられている。ある種大人びたSFAの姿が、ここで見られるのだ。緩やかな展開が続く、「Carbon Dantingan」以降は特にその感触が強い。その中でもバラードが次第に宇宙の彼方へと運ばれるような「Carbon Dantingan」から、SFAの泣き節を堪能できる「Suckers!」(「嫌なヤツ!」の意味)への展開は、見事の一言。なおジャケットは日本人の田名網敬一氏による。 ■Dark Days / Light Days (2009) (Rough Trade / RTRADCD546) 前作で更に大人のポップスに向かったSFAが、これまでの路線を踏襲しつつ、新たなる1ページを明けた。特徴的なのが、複数の異なるパートから成る曲構成と、こだわり抜いたリズム。これらがメロディと絶妙に混じり、アルバム全体を唯一無二の存在に高めている。何よりバンドの音そのものがハジケており、そのハジケ加減が鮮明にここに封じ込められているのが良い。4曲目「Inaugural Trams」を聴いてみてほしい。そのローファイな音とピコピコ・サウンド、そして唐突で冗談のような展開に、恐らく多くの人はノック・アウトされるだろう。個人的にもこの曲は一番のお気に入り。また変化で目立つのが、ギターだ。まるでSFAがギター・バンドに化したかのように、弾きまくっている。そればかりではなく、音響処理を含めた音の処理が非常に気持ちいい。この音響処理はギターのみならず、全体の音にも影響を及ぼしている。特に5曲目「Inconvenience」以降では、音に宇宙的な広がりが感じられる。かつて『リングス・アラウンド・ザ・ワールド』(2001年)では宇宙的な視野にSFAは達した。ここでは音そのものが、宇宙に到達した。大傑作。 [リンク] Super Furry Animals Official Website ... オフィシャル英語サイト。アルバム・リリースごとに作られるアルバム解説のサイトにも、もちろんリンクが張られている。オン・ライン・ショッピングあり。 Placid Casual ... SFAが『Mwng』リリースのために設立したレーベルのサイト。ウェールズ語と英語のバイリンガル・サイトになっている。 super furry animals unofficially ... ファンによる英語サイト。タイム・ラインや歌詞、タブ譜など盛り沢山のサイト。一見、オフィシャル・サイトかと見まがうほどの出来だ。 Super Furry Animals - Hometown Unicorn ... ファンによる日本語サイト。シングルやアルバムごとの解説など、非常に充実している。 ※残念ながらリンク切れとなっています。
ウェールズ?! カムリ!
文章:Yoshifum! Nagata (c)&(p) 2003-2014: Yoshifum! Nagata 「ウェールズを感じる――ウェールズから響く音楽――」へ。 サイト・トップはこちら。 |