ウェールズを感じる
――ウェールズから響く音楽1:ポピュラー・ミュージック――



■MCサイズムンド(MC Saizmundo) 歌/ウェールズ語
 ウェールズには詩を重んずる伝統がある。それは現在でも、国を挙げての民族の祭典アイステズヴォッドで、詩のコンテストに最も重きを置かれることからもわかるだろう。

 また中世の世においては、ウェールズはある意味、バルズ(吟遊詩人)の国でもあった。詩歌を自在に暗誦するバルズは、宮廷で官吏として召抱えられるほど、その価値を高く認められていた。宴席はもとより、戦地ではその詩で兵士の士気を高め、勝ち戦ではその勝利を讃える詩を詠んだ。だがそのバルズも時代の流れに飲みこまれ、消える。そして時が経ち、詩は詩人のものとなる。詩人は文壇と音楽の世界で活躍し始める。そして今、ここに、ラッパーという新たなるバルズ/詩人が現れた。

 本名デイアン・アプ・ライシアルト(Deian Ap Rhisiart)(1978年生まれ?)。職業はカーナヴォン・デンビー・ヘラルド誌(Caernafon Denbigh Herald)の記者。だがそのディアンがマイクを握る時、彼はMCサイズムンド(MC Saizmundo)と呼ばれる。

 MCサイズムンドは、MCマボンのステージ・ゲストなどの活動で注目を集める。そして2004年にファースト・アルバムBlaen Troedar (2004年)をDoclandレーベルよりリリース。これがウェールズ語のメディアのみならず、英語のメディアでも注目される。同時にペプ・レ・ペウ(Pep Le Pew)の2枚目となるUn Tro Yn Gorllewin(2004年)や、MCマボンの『ケルズ・ダント』(Kerrdd Dant )(2004年)にゲスト参加。さらにはスーパー・ファーリー・アニマルズのフロント・マンであるグラフ・ライスのソロ・ツアーに同行などもしている。

 勢いに乗ったMCサイズムンドは2枚目となるMalwod a Morgrug: Dan Warchae (2005年)をリリース。訳せば「カタツムリと蟻(包囲されて)」というユニークかつ尋常ではないタイトルを持ったこのアルバムは、MCマボンやペプ・レ・ペウのエド・ホールデンら5人のゲストを迎え、制作された。

 それから5年。その消息ですら日本には伝わってこなかったが、2010年初頭にMCサイズムンドがMCマボンとタッグを組み、新作Docfeistr(2010年)をリリースしたとのニュースが突然飛び込んできた。3枚目となる本作は、ドックフェスタ―(Docfeistr;船渠現場主任の意味)を主人公とする一大叙事詩。ゲストは総勢50名を超える。全35曲もの大作だ。その作品世界は唯一無二でありながら、同時に、非常に高いコマーシャル性も持ち合わせている。間違いなく歴史に残る、ウェールズ語ラップの傑作である。



[アルバム(選)]
Un Tro Yn Gorllewin (2005) (Slacyr / SLAC008)
 2枚目。ファースト・アルバムのリリースの翌年に届けられた。本作は、80年代初頭、ウェールズ語ニューウェーブでウェールズ語ポピュラー音楽を政治的なものから、更に門戸を広く解き放った伝説のバンド、ダトブリグの登場以降、何が変わったか?と問うことから始まる。そしてそこから様々な方向に、サイズムンドの世界は拡散していく。音の基本はエミネムにも通ずるような、テンション・コードを含んだピアノ(もしくはギター)のフレーズの繰り返しと、へヴィなリズム・トラック。その上で早口のMCが展開される。ラストを飾る12曲目では、オペラのサンプリングも含め、単なるウェールズ語ヒップホップ(ラップ)の枠にとどまらない、新しくも感動的な音楽を聴かせる。なお3曲目では、次作での主人公となるドックフェスタ―が既に登場している。

Docfeistr (2010) (Ankstmusik / ANKST 127)
 本作は鬼才MCマボンと新星MCサイズムンドががっぷり四つに組んだ、全34曲からなる一大叙事詩。ゲストは総勢50人を超え、2003年から2009年暮れまで約6年にもおよぶ歳月をかけて制作された力作である。物語の主人公となるドックフェスターは、海に住みながらも陸での生活を夢見る、不吉かつ神秘的なキャラクターだ。その活動が様々な音楽形態で、様々なゲストの演奏によって描かれる。具体的にはラップを柱としながらも、そこにロックやブルース、ウェールズ色豊かなポップス、弦楽やハードコアなどの音楽や寸劇が縦横に混じり合っている。これだけバラエティに富んでいると、下手すると楽曲同士が反発してもおかしくない。しかしその曲と曲との合間を、俳優のロードリ・エヴァンによる朗読がつなぐことで、ストーリーが飛躍しがちなロック・オペラを、ひとつのまとまりのある作品まで昇華している。これはMCサイズムンドの物語構成の巧みさによるところが大きい。MCサイズムンドはまさに現代の語り部、バルスである。傑作だ。





[リンク]
 MC Saizmundo - Myspace ... MCサイズムンドのMyspaceのページ。
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ウェールズ?! カムリ!
文章:Yoshifum! Nagata
(c)&(p) 2010: Yoshifum! Nagata








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