ウェールズを感じる
――ウェールズから響く音楽1:ポピュラー・ミュージック――



■MCマボン(MC Mabon) 歌/英語&ウェールズ語
 マボン(Mabon)とは、ウェールズ伝説に登場する若さの神。その名を自身のソロ・プロジェクトに冠した男がいる。本名グリフ・メレディス(Gruff Meredith)。またの名をMCマボン。かつての名をGマン(G-Man)。スーパー・ファーリー・アニマルズのグリフ・リースの従兄弟でもある彼こそは、MCスレイファーとともにデュオを組み、テュスティオン(Tystion)として暴れ回った最右翼の片割れである。

 テュスティオンとして3枚のアルバムを残し、その一方でウェールズ内で行われるクラブ・イヴェントの常連DJとなった彼がテュスティオンを脱退したのは、99年だった。しかし彼の活動は終わるわけでも、裏方として引っ込むわけでもなかった。彼は慣れ親しんだGマンという名を捨て、MCマボンというソロ・プロジェクトとして再び姿を現したのである。

 アルバムMr. Blaidd (2000年)が、彼のMCマボンとしてウェールズの音楽シーンに復帰作となった。ヴァラエティに富んだ15曲を収録したこのアルバムは、実にジョン・ピール・セッションのために書かれたものだった。

 ついで2000年12月に、シングル“Go Iwan Wir Hir / Western Avenue”をリリース。翌年2001年には2枚目となるHunt for Meaning(2001年)が早くも出る。その後、時を然程おかずして、自身としては初の本Dyddiadur Alci Hypocondriacを出版した。これには1985年から2001年の間に録音された音源を収録した、CDが付属している。以後、Nia Non (2002)など2007年までに8枚のアルバムをリリースしている。

 なお2004年にリリースされた『ケルズ・ダント』(Kerrdd Dant )(2004)は、MCマボンの作品としては初めて、日本でもリリースされた。

 MCマボンとは、先にも書いたように、グリフ・メレディスのソロ・プロジェクトである。グリフが以前在籍していたテュスティオンと最も異なるところは、グリフのアイデアを多彩なゲストを招きながら、音として実現しているところだ。そのアイデアは、まるでカテゴライズされることを拒むかのように、多種多様な方向に進んでいく。ひとつだけ特徴を挙げるとすれば、ヒップ・ホップのリズムに生楽器等、人の手が入った温かい音がかぶさっていることだろうか。その音が何とも土着的であり、ウェールズの土の匂いを感じさせるのである。ただ惜しむらくは、一切歌詞が公開されていない。サウンドのみならず、その歌詞の多様性にも触れたいのだが現状では難しい。



[アルバム(選)]
Hunt for Meaning (2001) (Ankst / Ankstmusik cd 098)
 2000年にリリースされたアルバムで、MCマボン名義としては2枚目となる。ロケット・ゴールド・スター(Rocket Gold Star)など数多くのゲストを迎え、ウェールズで製作された。イアーゴ・プリゼルックハッ(Iago Prydderch。註:英語名はIago Prytherchとなる)の試練と苦難の足跡を追うコンセプト・アルバムである。その途上で、主人公はディスコ・ディーヴァからエイリアン、悪魔まで様々な登場人物に遭遇し、人生の意味合いを探っていく。そのサウンドは多種多様だが、基本はスクラッチが生み出すヒップ・ホップのビートであり、そこにウェールズ土着のポップスがかぶさっている。出色は9曲目の“Cilboy Emcees”。アシッド・ジャズのビートに、ラップ(ゲストのWhich Means Whatの2人のラッパーが担当)が自在に跳ね回る。

Nia Non (2002) (Ankst / askstmusik cd 104)
 裏ジャケに配されたアコースティック・ギターが象徴するように、非常にアコースティックなアルバムである。事実、冒頭のアコースティック・ギターが奏でるのは、異国情緒的なスパニッシュ・ギター風のフレーズだ。しかしそこはMCマボンである。歌がかぶされば、異国情緒はどこへやら。ウェールズの土の香りがスピーカーを通して溢れてくる。2曲目の“Hudol Ferch”(「魅力的な女」)や8曲目“Tosser O'r Radd Flaenaf”などは、ウェールズ・フォーク・ソングの直系と言っても過言でないほど。その中にあって、ラップとロックが合わさった12曲目“Pen Rwd”は出色の出来だ。

Pryna hwn rwan cyn i'r boi sgrynshio clustie ddod rownd. (2003) (Boobytrap / BoobREC004CD)
 BBCウェールズは本作のレビューで、「MCマボンの音楽を聴くことは、地図抜きに北ウェールズの曲がりくねった道を行くようなものだ」と評したが、まさにその通り。ここでは、それまでMCマボンの特徴であった、ヒップ・ホップは影を潜めている。代わりにここにあるのは、猥雑さだ。またギミックも多く使用されている。この猥雑さとギミックの多さこそ、スーパー・ファーリー・アニマルズなど、一部の土着的なウェールズ・ポップスを展開するアーティストの共通項である。MCマボンの音楽は系統づけ辛いが、この観点から見ればウェールズ土着ポップスの系統に入れてよいと思う。実に太いベースとドラムにのって展開される、オルガンとワウの効いたギターのカッティングが、素のままの歌声とからまり、その結果、何ともひねくれたウェールズ・ポップスとなっている。このひねくれ具合が絶妙で、嫌味になる一歩手前で留まっている。

Kerrdd Dant (2004) (Recordiau Slacyr Records / SLAC004)
 通産7枚目にあたる本作は、新曲とカヴァー曲や自身の過去の曲のリミックスで構成されている。全体を通してウェールズ・ポップスとしか呼びようのない音楽性が非常に濃厚で、それでいて、これまで以上に収録曲はヴァラエティに富んでいる。これぞウェールズ・ポップスと呼びたくなる素朴だがひねくれたメロディに、けだるげなギターのカッティング、そして、太く猥雑なドラムとベースの組み合わせとくれば、文句はないだろう。また9曲目から12曲目にかけての山あり谷ありの流れは、まるで小さなサウンドトラックを聴いているかのようだ。感動的ですらある。タイトルにもあるように、ケルズ・ダントを意識してか、カウンターメロディが複雑に絡む曲が多いのもこのアルバムの特徴である。なお、本作が日本盤としては初お目見えとなる。





[リンク]
 ankstmusik... ウェールズのインディーズ系のレコード会社。MCマボンの初期の作品をリリースしている。
 Boobytrap... MCマボン、ペプ・レ・ピュウ、ケンタッキーAFCなどが作品をリリースしているレーベル。
 マカロニ・レコード ... 『ケルズ・ダント』を日本でリリースしたレーベル。

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ウェールズ?! カムリ!
文章:Yoshifum! Nagata
(c)&(p) 2007: Yoshifum! Nagata








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