ウェールズを感じる
――ウェールズから響く音楽1:ポピュラー・ミュージック――



■スルイブル・スライソグ(Llwybr Llaethog) ラップ/ウェールズ語
 1984年は、ウェールズ、特に南ウェールズにとって重要な年である。この年の3月、サッチャー政権は大規模な炭鉱閉鎖を宣言したのである。

 ご存知の通り南ウェールズのコミュニティは、産業革命以後の石炭の炭鉱開発によって急速に作られてきたものだ。そのコミュニティの中心をなす炭鉱は徐々に数が減ってきたが、この年にその最後の砦となる炭鉱の閉鎖が発表されたのである。結果は翌85年に炭鉱閉鎖という形で幕が下ろされることになり、この閉鎖に反対したストライキ、そしてその後に残された廃坑の村の姿は、若者たちにトラウマとなって残ることになる。そこから這い上がってきたのが、マニック・ストリート・プリーチャーズなり、ステレオフォニックスらであった。

 しかしながらこの84年という年は、同時に、北ウェールズにとって、否、ウェールズ文化にとって、ある種節目の年でもあった。この年にウェールズ文化の中心であり象徴でもあるウェールズ語を守ろうという運動が、カウンター・カルチャーの中から形として現れてきたのだ。その一端が、ウェールズの新しい音楽をリリースする目的でアンレーヴンが立ち上げた、自身のレーベル“Recordiau Anhrefn”である。これにより、それまでアカデミックな世界と政治色が強い運動でのみ展開されてきたウェールズ語擁護運動が、民間人のレベルでまで本格的に広まるようになったのである。

 ニューヨークのザ・ロキシー・ナイトクラブでラップの洗礼を受けたジョン・グリフィス(John Griffiths)(vo, dr & scraching)が、ウェールズ語によるラップという構想を思い抱いたのは、奇しくも、この84年だったのだ。

 ニューヨークから戻ったグリフィスは、北ウェールズの鉄の鉱山としても知られるブラエナウ・フェスティニオグで70年代をともに過ごした友人のケヴス・フォード(Kevs Ford)(G, keys & Vo)と、85年に「天の川」を意味するスルイブル・スライソグを結成した。こうしてウェールズ語ラップの創始者たるスルイブル・スライソグが生まれる。

 翌86年に、先のRecordiau Anhrefnから7インチ・シングル“Dull Di Drais”でデビュー。ウェールズ語協会のメンバーであり、この活動のために投獄された経験をもつフレッド・フランシス(Ffred Francis)の言葉をサンプリングするなど、かなり政治的な内容だった。

 翌87年にもシングルをリリースするが、成功には結びつかなかった。処女アルバムDa! (88年)をリリース時には、彼らはトリオになっていた。彼らの最高傑作と名高いBe? (90年)(註:“What?”「何?」の意味)は、ウェールズ語のラップというオリジナルティとキレの良い音で瞬く間に注目を集め、批評家に絶賛された。彼らの勢いは留まるところがなく、96年にはニューヨークのレーベルROIRからダブの曲ばかりを集めたMewn Dyb (In Dub)(96年)をリリースするに至った。この間の彼らの活動は、スーパー・フューリー・アニマルズらがウェールズから出て行くための道をならしたことになる。

 それまでロンドンとウェールズの両方に拠点を置いて活動を続けてきた彼らだったが、90年代半ばには、活動とメンバーの生活の拠点をウェールズに戻した。3作目となるMad! (96年)では、しかしながら、これまで以上にウェールズの外に目を向けた。その結果、ウェールズ語のほかに、英語、ゲール語、マンデー語(註:アフリカのマンディエゴ人の言葉)が使われた。そして2006年2月には、通産8枚目となるMega Tidy(2006年)なるアルバムを完成させた。ライブ活動も行い、健在振りをアピールしている。



[アルバム(選)]
Be? (90) (Concrete Productions / CPROCD014)
 アルバムとしては2作目にあたる本作は、ロンドンを拠点としたレーベルからリリースされた。1曲目から、80年代風のドラム・サウンド、ギターの捻れたカッティング、そして、ウェールズ語のラップで聴く者の心を掴み、彼らの混沌とした世界へといざなう。アルバム全体を通して、強烈なラップの応酬ということはなく、むしろ、演奏やサンプリングの渾然とした世界の構築に重点がおかれているようだ。2,3曲目のディスコ風サウンドなど、流石にリリースから10年以上経過した今聴くと、時代を感じさせなくもない。だが、むしろ今のクラブ音楽にない、エレキ・ベースのグルーヴに新鮮さを感じたりもする。

Mewn Dyb (In Dub) (96) (ROIR USA/ RUSCD8226)
 Be? (90年)が混沌とした世界を描くなら、こちらは、空間やエコーをいかした作品だ。こう書くと、すっきりと音が整理されているようだが、彼らのアクの強さは健在だ。音数を減らしたベースとドラムは、むしろ、Be? (90年)よりも暗く、強靭だ。しゃがれたウェールズ語のラップと、非常に細やかなサンプルやシンセの音使いが、凶悪な顔をして曲の裏に潜んでいる。

Mega-Tidy (2005) (rasal/ CD007)
 何ともまあ、多彩な面をもつアルバムである。ジャケットに宇宙船に乗ったスルイブル・スライソグの姿があるが、彼らの運行する宇宙船に乗ってきた客との気ままな旅を楽しむようなアルバムである。基本は、80年代ディスコ風サウンドを、現代のテクノロジーで再解釈をしたようなビートだ。そのビートを基調とし、その上で多様なゲストが思い思いに絵を描いている。ゲストに招いたヴォーカリストは総勢10名にもなるが、スーパー・ファーリー・アニマルズのグリフ・リース、MCスレイファーをはじめ、これが個性派ぞろいのこともあって曲も多様化している。クラブでヒットしそうな陽気な2曲目、クラブ・ジャズにも通じる5曲目など聞き所も多いが、ウェールズ的な暗さをもったラップの6曲目、7曲目は中でも白眉の出来か。





[リンク]
 Llwybr Llaethog ... スルイブル・スライソグの公式サイト。英語とウェールズ語のバイリンガルである。ディスコグラフィー、バイオグラフィー、ダウンロードなど充実。珍しい写真も豊富で、一見の価値あり。

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ウェールズ?! カムリ!
文章:Yoshifum! Nagata
(c)&(p) 2003-2007: Yoshifum! Nagata








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