――ウェールズ語―― ウェールズにおいてウェールズ語を復活させることは、 革命に他ならない。私たちが成功するには革命という手段を通じてしかない。 ソーンダース・ルイス、「言葉の運命」(Tynged Yr Iaith)(1962) それというのもウェールズ語は、当時[60年代]、急速に死に絶えようとしていたからである・・・ 。 ロイ・クリュース、「自由への夢」(To Dream of Freedom) 子供たちが自分たちの言葉で神を愛することを学ぶのは、父親からではなく、あなた方母親からなのですよ。 レディ・スランノヴェル、T Gymraes(1850) アルファベット ウェールズ語の表記には、アルファベットを使用する。合計28文字だが、j、k、q、v、x、zがなく、代りにch、dd、ff、ll、ng、ph、rh、thが使用される。ただし、jamやkilometerなど外国語からの借用語には、j、k、q、v、x、zが使用されることもある。 発音 ウェールズ語は、アルファベットの組み合わせで変化が起こる英語とは異なり、ドイツ語と同じく、アルファベットによって発音が決まる表音文字である。 発音の多くは英語と一緒だが、ウェールズ語には、“ll”に代表される非常に独特な、ウェールズ語特有の発音もある。これがウェールズ語特有の豊かで詩情深い音と言葉のリズムを生み出すのだが、同時に、外国人にとってはやっかいなものでもある。音によっては、英語で一番難しいとされるthの音よりも、遥かに難しいものもある。 (1) 母音 まず母音は7種類。a、e、i、o、u、w、yである。この7種類の母音は、どれもアルファベットの組み合わせ(単語)によって、長短伸縮自在である。 a、e、i、oは英語と同じ発音だ。 u は、通常、[i:]と発音する。bee のeeと同じ発音だ。ただし北ウェールズでは、uをフランス語の w は、英語の[u]もしくは[u:]と同じ発音である。putやbookの[u]、whoやmoonの[u:]と同じ。 y は、2種類の発音を持つ。まず単語の最後のシラブルにyが来た場合や、単一シラブルの言葉にyがあった場合は、[i:]と発音する。英語のbee のeeと同じ発音というわけである。ただしアクセント記号のついたŷは、伸ばさず発音する。即ち、beenと同じ発音になる。 それ以外の場合は、英語のluckのu と同じ発音になる。即ち、日本語の「ア」の発音と同じなのである。 母音は組み合わせによって、その音が変化することがある。 ae、aiもしくはau は、[ai]と発音する。英語のaye と同じ発音になる。 aw は、daughterのau と同じ発音。 ei は、[e]と[i]の発音をくっつけただけ。rai nと同じ発音だ。 eu は、[ai]。即ち、eye と同じ発音である。 iw, uw, yw は英語の[(j)u:]と同じ発音だ。従って英語の oe もしくはoy は、[oi]。coi nのoi と同じ発音だ。 wy は、[ui:]もしくは[u:i:]。 (2) 子音 子音のうち、b、d、l、m、n、p、tの発音は英語のそれと同じ。 c は、ウェールズ語では常に強く、激しく発音される。英語のc atと同じである。 ch は、スコットランドのloch のchと同じ、と大抵の教則本に書いてある。だが実際の発音を聴くと、chの音と一緒に激しい帯気音の[h]も発音されている。カタカナで書けば、クハッが近いか。 dd は、英語の有声音のthと同じ。that やthen と同じである。 f は無声の「フ」ではなく、「ヴ」(v)と発音される。victoryやvoice と同じ。 ff が、英語のfと同じ発音になる。France やfish のfである。fとffの違いは、発音が英語と同じだけに、表記の仕方さえ覚えてしまえば後は楽である。 g も、cと同じく強く、激しく発音される。girlのgと同じ発音だ。 ng は、doing と同じ発音。ただし、最後のgは必ず弱く発音される。 ll は、もっとも難しい発音。だがその一方で、ウェールズ語の発音ではかなり使用頻度が高い(特に地名など)。英語の“l”を発音する要領で無声音を出す、と大抵の教則本には書いてある。つまり舌先を上の歯の裏に軽く触れさせ、息を出す。だが実際の発音を聴いてみれば、鋭い無声音の[th],、[r]、そして激しい[h]が一緒に発音されているのがわかるだろう。これが実に難しい。自分でこの音を習得できた、と思っても、ウェールズ人に聞いてもらうと、大抵「近いけど今ひとつだね・・・ 」と言われてしまう。習うより慣れろの精神で、この音を習得するためにはテープなどを片手に頑張るしかない(⇒お勧めは『ウェールズ語の基本』のダウンロード音声)。蛇足ながら、“lla-”を日本語のガイドブックなどで表記する場合は、「スラ−」とするのが、これまでは一般的となっていた。 r は、必ず有声音となる。イギリス英語の[r]よりも巻き舌に、そして[rrrrr....]とトリルで発音される。ドイツ語の[r]に近い。Bangorは、「バンゴー」ではなく、「バンゴール」と発音される。 rh は、無声音の[r]。rと同じく、トリルで発音される。 s は、常に無声音。決して[z]とは発音しない。this やsong と同じ発音だ。 th も、常に無声音だ。think やboth と同じ発音になる。 v は英語の v と同じである。従って、victoryのvと同じ発音になる。母音のところにも書いたが、"u"がこの"v"と同じ発音になる場合があるので注意が必要だ。 (3) アクセント 言葉がひとつの音節の場合、最初の母音にアクセントがある。言葉が複数の音節を持つ場合、通常、最後から2番目の音節にアクセントがある。辞書や表記によっては、アルファベットの上にアクセント記号 ' を使う。 (4) 音声の変化 ウェールズ語における音声変化とは、ふたつ単語が置かれた場合、その組み合わせにより、後の単語の頭の音およびスペルが変化するというもの(前の単語は変化しない)。その変化は、3種類(軟音変化、鼻音変化、帯気音変化)もある。これを英語でMutations、ウェールズ語でTreigladauと呼ぶ。 しかし、これが実にやっかいだ。初心者としては、出来れば避けて通りたい。しかし単語の頭のスペルが変化してしまうと、その原型がわからねば辞書で言葉を引くことが出来ない。そのため、初心者といえども必須項目なのだ。 軟音変化(Soft Mutation)の例としては、定冠詞 y の後に女性名詞が来る場合や、前置詞の後に名詞が来る場合があげられる。後者の例は、ウェールズ国内で頻繁に見られる“Croeso i Gymru”(右写真参照;ホーリーヘッドのフェリー港で2003年に撮影)だ。前置詞 i (英語で“to”の意味)の後に来た Cymruの Cが軟音化し、Gymruとなっている。 鼻音変化(Nasal Mutation)は、前置詞 yn (英語で“in”の意味)の後に地名や名詞が来る場合に起る。また、所有格の fy (英語の“my”の意味)に来る名詞の頭にも変化が起る。 帯気音変化(Aspirate Mutation)は、a (英語で“and”の意味)の後に名詞や形容詞が来る場合や、数字の3を意味する tri と6を意味する chwe、そして所有格の ei(英語で“her”の意味)の後に名詞が来る場合、変化が起る。 サン?! スラン?!――"ll"音との激しい戦い 「(2) 子音」の項目でも触れたとおり、"ll"という音は非常に難しい。英語学習者で特に初心者が"th"音で躓くが、この"ll"ははるかにその上をいく。 実際に英語のみの話者(特に南部に多い)は、このスペルであっても英語の"l"の音で代用する。私の経験では、カーディフで"Llandaf"への行き方を尋ねた際、全く通じなかった。「私の発音って、そんなに悪いのか・・・ 」と気分が暗くなり始めたところで、相手が「あ、もしかして君は“ランダフ”に行きたいのか?」と、英語の発音で応じた。相手が英語の発音しかしらなければ、いくらこちらがウェールズ語の発音で訊いても相手には通じないのだ。 それ以上に厄介なのが、日本語での表記である。ここでLongmanから出版されている発音辞典を参照してみよう。Llanの項目には、「ウェールズ語では ɬan である」と明記されている(註:"ɬ"は"ll"のIPA発音記号)。 一方、英語では læn または lən である、と記されている。その上で「ウェールズ語の<"ll">音は・・・ しかしながら、時折、非ウェールズ語話者によって、 θl または xl のような子音群として模倣される」とある。この発音をカタカナで表記すると、「スラ-」となる。 つまりこれまでllanという言葉に対して当ててきた「スラン」というカタカナ表記は、(ロングマンの発音辞典によれば)非ウェールズ語話者の発音を参照したものということになる。では、本来のウェールズ語の発音である"ɬ"は、これとは違うのだろうか。 違う、のだ。これは共著『ウェールズ語の基本』の小池剛史の弁なのだが、カタカナのサ行の音が日本語表記としては一番近い。従って反対意見はあろうが、llanは「サン」と表記するのが最も適切である。 しかし――この表記は、日本ではガイドブックをはじめ一般的ではない。いくら適切な表記だからと言って、読者の方々が「サン-」という表記が出てくるたびに、「これは"ll"なの? "s"なの?」と首を傾げていただくのは、非常によろしくない。そのため弊サイトでは2013年2月以降、可能な限り「新標準表記」(サ行)と「旧標準表記」(「スラ-」系)の両方で表記していくことにします(既出のものは徐々に変更します)。つまり"Llandaf"は、「サンダフ< スランダフ>」のように。ご理解のほど、よろしくお願いします。 サンダフ<スランダフ>の大聖堂 (クリックで拡大) 文法を知らなくても喋られる、(ものすごく)簡単なフレーズばかりをあつめてみました。
もっと知りたい方は・・・
ウェールズ?! カムリ!
文章:Yoshifum! Nagata (c)&(p) 2003-2013: Yoshifum! Nagata 主要参考文献 The Celtic Language, edited by D. Macauley, (Cambridge University Press, 1992) The Green Guide: Wales, (Michelin Travel Publications, 2001) Report on 1951 Census(Welsh Language Board, 1955) Davies, Biran, Welsh Place-Names Unzipped, (Y Llolfa, 2001) Evans, D. Gareth, A history of WALES 1906-2000, (University of Wales Press, Cardiff, 2000) King, Gareth, Colloquial Welsh, (Routledge, 1995) Jones, J. Graham, The History of Wales, (University of Wales Press, 1990) 目次はこちら。 サイト・トップはこちら。 |