ウェールズを食べる
――ウェールズの肉料理あれこれ――

*肉料理(Meat)
ウェールズといえば羊と言われる。もちろんウェールズでは、牛や豚、そして鶏など家畜を飼っている。しかしそれらの家畜を押しのけて語られるほど、ウェールズの羊は有名だ。ウェールズの自然の懐で放牧されて育った羊の、引き締まった肉を通して、ウェールズの大地を味わうのも旅ならではの魅力だ。

もちろん羊のみならず、牛や鶏を使った料理も昔から伝えられている。たとえば牛。現在でも黒牛(Black Cattle)はウェールズ産の牛としてその名を知られるが、牛はウェールズ人と最も付き合いの長い家畜である。何しろ後にウェールズを形成することになるケルト人がブリテン島に渡ってきた際、二頭の牛に鉄製の鋤を引かせて森を開拓していったのだ。ここからの付き合いである。長いわけだ。そして豚。豚は羊の牧畜が始まる以前、牛以上に珍重な家畜だった。

いずれの肉にもかけるソースは決まっている。羊にはミントの入ったグレーヴィーを。牛にはホースラディッシュのソースを。そして豚にはリンゴのソースを、といった具合。これはその家畜が育つ際に食べるものから作ったソースが一番適していると考えられているからだ。つまり豚はリンゴの果樹園のそばで育ち、牛はホースラディッシュを食べる。そして羊が食べる野生のハーブの中に、ミントが含まれているというわけ。

一方、鴨(Goose)はウェールズでは馴染みの深い家禽だ。その肉を使った料理が、収穫のお祝いに農家のテーブルを飾った。羽毛から農夫らの布団は作られ、大きな羽は掃除に使われた。

そして現在にいたるまで、腸詰(ソーセージ)や保存食であるベーコンはウェールズの食卓から欠かせぬものとなっている。特にウェールズ特有の野趣あふれる、太いソーセージを一度でも味わえば、その味とヴォリュームに病みつきになること請け合いだ。

 さて、能書きはこのくらいにしよう。ここではウェールズに伝わる、ウェールズで食べられる肉料理を並べてみた。さあ、とくとご堪能あれ!



子羊肉のチョップ、ミント・ソース和え
(撮影:2004年ギルスフィールド)
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ウェールズの食卓を飾る肉たち――[左上]ブラック・ソーセージ [右上]ソーセージと厚切りの肉
[下]肉の配達中
(いずれも撮影はウェルッシュプールにて。上が2005年、下が2001年)


豚はかつて、ウェールズでは貴重な肉だった(クリックで拡大)。
(撮影:カーディフ市場、2011年8月20日)


*ウェールズ風ロースト・ラム(Honeyed Welsh Lamb)
・・・ Lambとは子羊のこと。ウェールズの羊は世界的にその名が知られるが、地元での伝統的な羊料理と言うとこのウェールズ風ロースト・ラムになる。
 これはウェールズの子羊の足に蜂蜜を塗り、塩と胡椒で味付けした上でローストした料理だ。羊を焼いた後の肉汁に、リンゴ酒と蜂蜜を混ぜて作ったグレイヴィー・ソースで食す。ウェールズの丘で放牧された羊の引き締まった肉を楽しむには、最適の料理か。考えただけで、涎がわいてくる。

*ラム(子羊)(Lamb)
・・・ ラムの料理はいくつかあるが、定番ともいえるのが子羊の肉をローストしたものだ。これにお好みのソースをかけて食べるのだが、ウェールズでは誰に聞いても「ミント・ソース!」という答が返ってくる。
 それもそのはず、羊は草を食べて育つが、その中に天然のミントが含まれる。即ち、食べて育ったものと一緒にあわせるのが、一番美味い。これがイギリスの料理に対する考え方である。



[上]ラムとミント・ソース [下]ローストしたラムにナイフを入れる料理人
(2007年8月10日、アイステズヴォッドの会場にて)


ラムのチョップ(2006年中部ウェールズ)
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*ウェールズ風子羊のパイ(Welsh Lamb Pie)
・・・ ウェールズの古い料理のひとつ。春を迎えたばかりの、まだ関節の柔らかい子羊を使った料理が、伝統的なものとされる。
 ニンジンとサイコロ状に切った子羊の肉を、パセリ、季節の野菜、そして子羊の骨からあらかじめとったスープと一緒に、パイで包み、焼いた料理。マッシュ・ポテトとグリン・ピースの付け合せとともに、召し上がれ。

*モンマース・シチュー(Monmouth Stew)
・・・ 輪切りのセイヨウネギ、子羊の肉、パセリ、ハーブを煮込んだシチュー。ハーブは風味付けなので、食べる前に取り除かれる。

*ビーフ・ステーキ(Beaf Steak)
・・・ 説明は不要でしょう。定番中の定番料理。もちろん、地元で育てられた牛を使っていることは、言うまでもない。グラムではなく、オウンス(oz)で注文する。オウンスは約28.3グラム。

*ファゴット(Faggot)
・・・ 豚や羊の内臓を使った肉団子だ。内臓とタマネギのミンチを、セージ(サルビア)など季節の野菜と一緒に混ぜた具を丸め、焼いたもの。グレーヴィー・ソースで食す。

 堅く締め、水分を抜き、焼いた肉団子は携帯に向いていた。そのためかつて炭鉱夫らは、ファゴットを弁当として地下の坑道に持ち込むことを好んだという。左の写真は2005年8月、カーディフで撮影。レストランで出されたものだが、予想以上に柔らかく、素朴な味だった。



2007年9月、スランドリス(Llandoris)で撮影。

*ソーセージ・アンド・マッシュ(Sausage and Mash)
・・・ ウェールズに限らず、イギリス全土での定番料理だ。グレービー・ソースをたっぷりと敷いた海の中央に、マッシュ・ポテトの山を作る。その上に数本のソーセージを豪快に載せた一品である。ソーセージの直径は3センチを超えるものが多く、日本のそれを想像していると、驚かされること請け合いだ。ロンドンなどで注文すると、それなりにお洒落なスタイルで出されるが、ウェールズではそれは当てはまらない。下の写真(撮影:2006年ベリュー)から見て取れるように、農夫の食事を思わせる素朴かつ豪快な一品となる。



その名もケルト風ソーセージ(左)と、豚肉とリークのソーセージ。
(撮影:2007年カーディフ市場)

*バイノ・ポーク(Beuno Pork)
・・・ 豚は羊が広まる以前、ウェールズでは貴重な家畜だった。牛が一般的な家畜であったのに対し、豚は貴重種。それは『マビノギオン』第4話で、アンヌーヴンから贈り物として贈られた豚を求めて争いが起きるほどである。故に豚料理に、ウェールズ語と英語の両方からなる名前がついていても不思議ではない。
 豚肉の切り身に衣をつけ、バターで両面がきつね色になるまで揚げる。それを鍋に移し、トマト・ソース(大サジ2)、スープ(肉系の固形スープを溶かしたもの)、月桂樹に塩、胡椒を加えて蓋をする。そして180℃で約1時間焼く。最後に小さなキノコを加える。これがバイノ・ポークである。してみると、ウェールズ風焼き豚カツかな?

*豚の脇腹肉、リンゴソース添え(Pork Belly topped with a Cidar and Apple sauce)
 イギリスでは、その動物が食べて育った食物を、合わせて食べるのが最も美味である、と言われる。豚は果樹園のそばで育てられる。そのために、林檎を食べて育つ。ゆえに豚はリンゴのソースと、相場が決まっている。


(クリックで拡大:撮影、2011年8月、レクサム)

*ハーベスト・ホット・ポット(Potes Mis Medi / Harvest Hot Pot)
・・・ 大きな深鍋を火にかけ、その内側でバターを溶かす。ベーコンや角切りの子羊の肉をきつね色になるまで炒め、そこに人参、ジャガイモ、リーク、玉ねぎ、カブラなどの野菜を切ったものを入れ、香辛料とたっぷりの水を加える。それを弱火で2時間煮込めば、出来上がり。実にウェールズらしい料理だ。
 この料理はジャガイモの収穫期に作られた。鍋ひとつで料理が済むうえに、複雑な工程や微妙な温度加減などが不要のためである。つまり料理の下ごしらえをした鍋を火の上に放置し、その間に収穫に専念する。そうすることで夜遅くに畑仕事から帰ってきても、夕食にすぐにありつけるというわけだ。
 余談ながら、かつてウェールズの学校には「ポテト収穫ウィーク」(Wythnos Hela Tatws)があったとか。この時に親子総出で畑に出かけ、一日働き、帰ってきてからこの料理に舌鼓を打ったことだろう。

*ステーキ・アンド・キドニー・パイ(Steak and Kidney Pie)
外れのステーキ・アンド・キドニー・パイ。
シチューの上に出来合いのパイ皮を載せただけの皿。
(撮影:2003年アバーダロン)
・・・ イギリスでは定番のパイ包み焼き料理。ウェールズで育てられた牛の肉、腎臓(kidney)、玉葱の煮込みを、パイ生地で包んで焼いた一品。内臓を使っているが臭みがなく、また、肉と腎臓が見分けがつかくらいまで煮込まれている。煮込みそのものの味はきつめだが、パイを絡めて食べると非常にまろやかな味に変化する。一品で、2,3種類の味を楽しめる料理だ。パイ生地が店によって千差万別で、これが料理の味を左右することは、付け加えておく。自分の経験から言うと、かなり当たり外れの激しい料理でもある。


*ステーキ・アンド・エール・パイ(Steak and Ale Pie)
・・・ これもイギリスでの定番料理。サイコロ状に切った牛肉、玉葱、リーク(西洋葱)などをエールで煮込む。それをパイ生地で包んで焼き上げた料理。煮込むので大抵の場合は、アルコール分はとんでいるが、中にはかなり残っている(仕上げにアルコールを足したか?)ものもある。車を運転する場合には、ご注意を! (撮影:2007年8月10日、レクサム)

*ヨークシャー・プディング(Yorkshire Pudding)
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・・・ プディングと言っても、日本で言うプリンとは全くの別物。小麦粉に卵を加え、牛乳と水でといたものを焼き上げたパイ皮のようなもの。平たい円筒上に焼かれたプディングは、肉料理の付け合せとして出されることが多い。
 2001年に中部ウェールズでこの料理を注文した時には、プディングを容器とし、その中にソーセージとタマネギを煮込んだ具が入っていた(左写真)。このソーセージが地元産で、粗野でありながらウェールズならではの、力強い味。それを包むタマネギとプディングが、全体を優しく、まろやかな味にしていた。
 なお、なぜヨークシャー・プディングといわれているかは、不明。


*チキンの胸肉(Chicken Breast)
・・・ これも良く見かけるメニュー。焼いた鶏の胸肉を、クリーム・ソースで食す。クリーム・ソースを使いながらも、食材が鶏肉のため、想像以上にあっさりとした味だ。
左の写真は、2003年に中部ウェールズで撮影。下のクリーム・ソースの塊が、胸肉の部分。


*カモの丸焼き(Roast Duck)
・・・ 野性味あふれる肉料理は、ウェールズ料理の醍醐味でもあり、楽しみでもある。中部ウェールズの夕食も出すパブで食したこの料理(右写真)は、中華料理の北京ダックを想像していた私を、良い意味で裏切ってくれた。何せ、野性味があふれすぎて、ナイフが通らないほど肉が締まっていたのである。この料理と格闘すること数十分、ついにはナイフが負けた。ナイフが曲がってしまったのである。そのような苦難にもめげず、何とか口に入れたその肉は、外側の香ばしく焼かれた皮と、噛むほどに肉汁が溢れ出す中身の強烈なタッグで、私を完全に打ちのめしたのである。


*ウェールズ風塩鴨(Welsh Salt Duck)
 1867年に編纂されたThe First Principles of Good Cookeryに出てくる料理。鴨を塩で揉み、更にそれを冷蔵庫(冷暗所)で2日間塩漬けにする。その間、同じ塩揉みを2毎日繰り返す。

 調理当日、それを水で煮ることで余分な塩分を落としてから、水切りをし、更にオーブンで皮がこんがりと狐色になるまで焼いた料理。ホウレン草や玉ねぎ、もしくはラバー(海苔の一種)をつけ合わせとする。ソースはオレンジ。

*カモの塩漬け(Salted Duck)
・・・ 塩漬けにしたカモの肉を、1時間半から2時間かけて茹でたものを、タマネギ、牛乳、バター、季節の野菜から作ったとろみのあるソースで頂く。料理の本によると、伝統的なウェールズ料理とのこと。しかし残念なことに、私はレストランやパブでこのメニューにお目にかかったことがない。

*ウェールズ風チキン煮込み(Welsh Chicken)
 かなり古くから伝わる、伝統料理。イングランドの貴族が鳩や雉などが、狩猟料理として好まれる一方で、農業が主だった産業だったウェールズでは鶏は一般的な鳥なのだ。

 まずは下準備として、ベーコンとにんじんを細かく刻み、深めの鍋で炒める。足と羽を一緒に縛った鶏を、その上におく。更にその上からリーク(西洋ねぎ)、ハーブをかぶせ、塩コショウをする。続いて鶏肉にバターを塗り、ブイヨンをといてそれらを浸し、ふたをする。弱火で2-3時間煮た後、別途、炒めたキャベツを皿の上に敷き、鶏を鍋から取り出し、その上に置く。一方、残ったスープは捨てずに、小麦粉とバターを加えスープにとろみを加え、ソースにする。


ウェールズの食卓を飾る肉たち(クリックで拡大)
(撮影:2007年8月11日、レクサムの肉屋のマーケットにて)





ウェールズ?! カムリ!
写真(*は除く)と文章:Yoshifum! Nagata
(c)&(p) 2003-2013: Yoshifum! Nagata




主要参考文献
Anglesey The Food Island, (Menter Mon, 2002)
Davies, Evelyn, Cegin Aberdaron Kitchen, (St. Hywyn's [Trading] Ltd, 2002)
Smith-Twiddy, Helen, Celtic Cookbook, (Y Llolfa, 1970)
Favorite Welsh Recipes, (J. Salmon LTD)
Freeman, Bobby, Traditional Food From Wales, (Hippocrene Books Inc., 1997)
Williams, Margaret, The Smallest House Cook Book, (Gwasg Carreg Gwalch, 1992)
Williams, Rhian, Welsh Dishes, (Y Lolfa, 2000)
Yates, Annete, Welsh Heritage Food & Cooking, (Lorenz Books, 2006-2007)




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