ウェールズとケルト?
――意外に身近なケルトの国・ウェールズと日本――



距離
 一時のケルト・ブームのおかげで(アイルランド伝説、エンヤ、ヴァン・モリスン、U2など)、ケルト=アイルランドという図式が、一般的に広まってしまっている。だが、ブリテン島で日本から一番近く、また、便の良いのはウェールズである。ロンドンはパディントンから南ウェールズのカーディフならば、電車で乗り換えなしで一本で行くことができる。また、同じくロンドンのヒースロー空港から車ならば、自動車専用道路(Motor Way)のM4で行くことも可能である。ともに2時間ほどの所要時間だ。


日本との関係
 2002年1月現在、日系企業約60社がウェールズに拠点を構え、日本人補習校などもある。また、著名な作家であるC.W.ニコル氏は、現在、日本に住んでいるが、出身地はウェールズである。

 BBCウェールズ交響楽団(BBC National Orchestra of Wales)は、日本との関りも深い。1987年から8年間、尾高忠明が主席指揮者として就任し、尾高は後に「尾高はウェールズで奇跡を行った」(ロンドン・サンデー・タイムス紙)と評されるほど、BBCウェールズ交響楽団の育成に貢献した。また彼らは、世界に名だたる日本の作曲家、武満徹(1930-1996)の曲を録音した『ファンタズマ/カントス〜武満徹作品集』『武満徹:鳥は星形の庭に降りる』『ア・ストリング・アラウンド・オータム』を発表している。いずれも洋の東西が溶け合う、非常に素晴らしい演奏になっている。

『ファンタズマ/カントス〜武満徹作品集』
(BMG Victor Inc, 1994)
尾高とBBCウェールズ交響楽団の演奏は表題曲のみ。


『武満徹:鳥は星形の庭に降りる』
(Grammofon AB BIS, 1995-1996)
表題曲を含め全4曲収録。全曲、尾高とBBCウェールズ交響楽団による演奏(1曲、チェロ奏者ポール・ワトキンスを迎えている)。いずれも武満中期の傑作ばかりである。


『ア・ストリング・アラウンド・オータム』
(BIS Records AB, 2002)
表題曲を含め全4曲収録。名曲「ア・ウェイ・ア・ローンU」以外は、全てゲスト奏者を迎えた演奏になっている。表題曲以外は、いずれも水に関する曲で、ウェールズと日本、ともに水資源豊富な国という関係からも興味深い演奏になっている。


 地勢に関して親近感を抱くのが、その起伏に富んだ大地である。四国と東京を合わせたほどの面積の中に、イギリスを代表するふたつの山脈を抱くウェールズの自然は、どこか日本の山岳地帯に近いところもある。山国の日本にとって、その地勢が近いのは平坦なイングランドではなく、山岳地帯のウェールズである。

 また、ケルトの民がその自然と密接に暮らしたことは、かつての日本の障子・襖一枚の生活空間と共通するところがある。魂が他の動物へと自在に転身するケルトの輪廻転生思想は、人間と他の動物を明確に区別した西欧キリスト教文明と異なり、仏教の輪廻転生思想に通ずるものも多い。

 ウェールズというと、南ウェールズの炭鉱夫のイメージが強い。かつては隆盛を誇ったが、国のエネルギー政策のために閉鎖の憂き目を見たのは、日本の炭鉱と同じである。

 またもともと彼らは日本と同じく農耕民族である。これは、ウェールズに住み着いたケルト民族以来の伝統である。二頭の牛に鋤を引かせる技術をもって、彼らは森林地帯を開墾し、また、そこで羊、豚、牛を家畜として飼うことで、生活を営んだ。彼らが農耕民族であったことは、後のウェールズ人の農耕に従事する生活を決定したとまで言われている。つまりある種ウェールズ人らしいウェールズ人とは、炭鉱夫ではない。農夫なのである。そして山岳地帯を切り開き、畑で作物を作り、また、家畜を飼うウェールズの農耕生活は、西洋の狩猟民族よりも、日本の生活に近いのである。


ウェールズの自然保護と日本の自然保護
 ウェールズ人の自然保護にかける情熱と力は、並々ならぬものである。ナショナル・トラストと呼ばれる文化保護団体が、ウェールズ内だけで5万エーカーの土地を所有し、私財と寄付、そしてボランティアの活動によって自然保護に勤しんでいる。先祖代々から受け継いできた遺産を、莫大な費用をかけてでも残すことは、自然と密接に暮らしてきたウェールズ人らしさを、後世に伝えることにもつながる。

 この自然保護にかける情熱と行動は、利便のみを追究し、国を挙げての自然破壊に手を休めることのない日本人が、今、学ぶべきものではないだろうか。高額の通行料を徴収する高速道路建設のために、山を切り崩し、その中腹に大きな穴を開ける必要はないと私は思う。日本人も、ウェールズ人と同じく、自然と密接に生きてきたはずだ。これらの自然破壊は、即ち、民族性の破壊につながるのではないか。ふたつの大戦とアメリカの占領、そして、後の高度成長社会への過程において、日本人はそのルーツを捨ててしまった。日本人が、軍国主義以前の本来の日本人の姿と魂を忘れることで、日本人は別の民族になろうとしてる。大事にならないうちに、見直すべきだ。その見本が、ウェールズにある。

 なお、ウェールズでは自然保護のために電車路線は3(4)本に限られ、また、道路開発も同様の理由から盛んではない。また、イギリス国内では高速道路(Mとの略称で呼ばれる自動車専用道路)のほとんどは、国で管理され、無料で解放されている。ウェールズ内に限って言えば、全ての自動車専用道路が無料である(A国道では一部有料道路がある)。

 註:この文章を、理由の如何を問わず、政治的な意向で使用することを堅く禁止します



ウェールズ?! カムリ!
文章:Yoshifum! Nagata
(c)&(p) 2004-2013: Yoshifum! Nagata








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