ウェールズを感じる
――ウェールズから響く音楽1:ポピュラー・ミュージック――



■シアン・ジェームス(Siân James)* 歌/ウェールズ語、英語
 シアン・ジェームスはウェールズの伝承歌を、エンヤのような現代風の編曲で聴かせる。また歌のみならず、ウェールズの伝統音楽そのものに造詣が深い。加えてウェルッシュ・ハープの演奏にも長けており、歌と演奏の両方でウェールズに伝わる曲を奏でることができる。海外にもその名をはせており、ウェールズ伝承歌の歌い手の中で最も良い歌い手の一人とも言われる。

 シアーンは1962年、中部ウェールズはスラネルヴィル(Llanerfyl)で 生まれる。ウェールズの学校で教育を受け、最終学歴はバンゴール大学卒業。

 3歳の時からアイステズヴォッドに出演していたというシアンは、6歳でピアノの前に座り、8歳でヴァイオリンを手にする。ハープを弾き始めたのは、11歳の時だった。

 大学時代に友人と始めたグループ、ブハナダス(Bwchadanas)はCariad Cywir(84年)などのアルバムをリリースし、ウェールズで人気を博す。90年にソロに転向、Cysgodion Karma(90年)、Distaw(93年)、Gweini Tymor(96年)、Di-gwsg(97年)、Birdman(99年?)、Pur(2001年)、Y Ferch o Bedlam(2005年)などを発表している。

 このうち、Gweini Tymor(『ひとつの季節の間を勤めて』の意味)は、シアンが子供時代から歌っていたという、ウェールズの伝承歌のみから編まれている。またBirdmanはイギリス国営放送局BBC2の番組のために書かれたサウンドトラックで、シアンとしては初の英語とウェールズ語のバイリンガルなアルバムとなっている。

 また、演奏およびツアー活動も行っており、イタリア、ドイツ、アメリカなど海外遠征もしている。2000年のウェールズ議会のこけら落としでは、トム・ジョーンズやシェリー・バッシーらと一緒のステージを踏んだ。

 日本では最初の3枚から編集されたアルバム([アルバム(選)]参照)と、4枚目に「あなたはさってゆく」の英語版を加えた『眠れぬままに』(98年)がある。現時点で最新作となるPurには、ディラン・トマスの詩劇Under Milkwoodから「夕べの祈り」(“Evening Prayer”)が編曲され、収録されている。

 ジェームスの音楽の特徴は、何と言っても、美しいハープと優しい歌声だ。どちらも、過度に強くその音を響かせることがない。また、全体的にエコーが強めに効いており、カウチやベッドで楽な姿勢で楽しめる、安らぎやすい音楽になっている。平たく言ってしまえば、俗に言う、ヒーリング・ミュージックに分類されてしまう危険がある。しかしながら、20年に渡るキャリアは伊達ではない。その強い個性から、彼女の存在感ある音楽となっている。

* ... アクセント記号âがついているため、正確には「シアーン」だが日本語版の表記がシアンになっているため、便宜上、「シアン」で統一する。




[アルバム(選)]
cysgodion karma (1990-91) (Sain / SCD 4037)
 ウェールズ民謡に秀でたシアン・ジェームスがバンド、ブハナダス脱退後にリリースしたアルバム。タイトルは「カルマの影」の意味。このアルバム収録の全12曲中7曲は、ウェールズに伝わる歌。それを若いミュージシャンを起用し、現代的なアレンジで蘇らせた。冒頭1曲目からジャジィなアレンジに度肝を抜かれるが、このようなおきて破り(?)は彼女のオリジナルとなる7曲目が頂点をなす。ここでは男性シンガーとデュエットを聴かせるが、このデュエット、まるでディズニー映画のようなのだ。一方、2曲目、3曲目では得意のハープと深いエコーでウェールズ民謡独特の暗さを聴かせる。5曲目では、シアンの歌&ピアノと空気のようなサックスが非常に良く響く。
 一方、自作曲の9、10、11曲目は空間を意識した曲作りで、シアンの声を存分に楽しむことができる。特に9曲目は、ドローン(持続低音)が響く中、深いエコーがかかったシアンの歌が深く響く。その様は幽玄ですらあり、伝承曲以上にウェールズの神秘的な闇を聴かせる。この1曲を聴くためだけに、このアルバムを求めてもいいくらいだ。

Sian James (97) (ビクターエンタテイメント株式会社 / VICP-60163)
 初期3枚のソロ・アルバムから編纂された、日本独自の企画アルバム。全曲伝統音楽となる3枚目Gweini Tymorを中心に、選曲されている。そのため、かなり編曲されて入るものの、ウェールズの伝統音楽の一端にここでは触れることできる。彼女自身が、ホーム・ページで語っているように、ウェールズからは速いテンポの音楽が19世紀にメソジスト宗教復興運動のために失われている。そのため、ここに収録された曲は、どれも緩やかな曲ばかりだ。さらに深いエコーと揺らぎあるシンセサイザーのために、伝統音楽そのものではなく、ヒーリング・ミュージックとして再解釈/再構築された新しいウェールズの伝統音楽がここにはある。それだけに、一般人にも訴えるところが多々ある。その中でも、ア・カペラで歌われる6曲目「母の娘」(“Merch el mam”)は出色の出来だ。ウェールズの暗い闇から浮び上がるその声は、確かに、ウェールズの闇に葬られた敗者の歴史を持っている。なお、全曲ウェールズ語で、ジャケットにはウェールズ語の歌詞のほかに、英語訳と日本語訳が併記されている。




[リンク]
 Sian James ... 公式サイト。ウェールズ語と英語のバイリンガル・サイトとなっている。mp3等あり。
 La Musique Celtique ... ケルト系の音楽を紹介している個人サイト。シアン・ジェームスのページあり。左フレームの“Artistes”をクリックすると、アーティスト別のインデックスが出てくる。




ウェールズ?! カムリ!
文章:Yoshifum! Nagata
(c)&(p) 2003-2013: Yoshifum! Nagata








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