ウェールズを感じる
――ウェールズから響く音楽1:ポピュラー・ミュージック――



■ロストプロフェッツ(Lostprophets) 歌/英語
 南ウェールズの炭鉱閉鎖(1984-85)は、地元に大きな衝撃を与えた。南ウェールズの伝統とまでなった産業はなくなり、地域社会は荒廃した。炭鉱夫が賛美歌の合唱を求め、日曜日に教会から教会へと渡り歩いた姿は、もう見られない。寂れた村に無気力な、否、何もないから何もすることができない若者が溢れる。しかしそれでも南ウェールズは文化の中心である。90年代に入り、マニック・ストリート・プリーチャーズ、カタトニア、ステレオフォニックスらが新しいウェールズ音楽の突破口を開いた。そしてここに、新たなるバンドが加わる。道に迷った預言者たち――ロストプロフェッツ――は、南ウェールズの新しい音楽を歌う。

 ロストプロフェッツは、南ウェールズの廃坑の村ポンティプリッド(Pontypridd)で結成された。元パブリック・ディスターバンス(Public Disturbance)のイアン・ワトキンス(Ian Watkins)がドラムからヴォーカルに転向し、そこに同じく元パブリック・ディスターバンスのマイク・ルイス(Mike Lewis)(G)、リー・ゲイズ(Lee Gaze)(G)、マイク・チップリン(Mike Chiplin)(Dr)が加わった。いずれも同じ村で育った、気心の知れた連中である。バンドの名前は、彼らが好きな80年代のバンド、デュラン・デュランの海賊盤のタイトルにちなんで名づけられた。これがロストプロフェッツの始まりだ。1997年の終わりのことであった。

 ロストプロフェッツはTJ'sなどのライヴ・ハウスで、南ウェールズの音楽シーンを中心にライヴ活動を続ける傍ら、デモ・テープを製作していった。この途上で、スチュアート・リチャードソン(Stuart Richardson)(B)とジェイミー・オリバー(Jamie Oliver)(Vo & DJ)が加わる。

 彼らのデモ・テープは、イギリスのへヴィ・メタル雑誌Metal HammerKerrang! で高い評価を得る。そして1999年の夏に、ロンドンのインディーズ・レーベル、ヴィジブル・ノイズ(Visible Noise)と契約をロストプロフェッツは結んだのだ。そして最初のアルバムとなるThe Fake Sound of Progress を2週間以内で録音し、2000年10月(11月説あり)にはリリースする。これがKerrang! 誌で絶賛される。さらに口コミで噂が広がり、アンダーグラウンドの世界ながら1万枚のセールスを記録した。

 ここまで成長した彼らを放っておく音楽業界ではない。しかしながら彼らに注目したのはイギリスではなく、アメリカだった。最終的にロストプロフェッツは、コロンビア・レーベルと契約を結ぶ。従ってアメリカではコロンビアが、イギリスではヴィジブル・ノイズが彼らの作品を扱うことになる。

 コロンビアからの要請から彼らロストプロフェッツはニューヨークのスタジオに入り、The Fake Sound of Progress を再レコーディングする。こうして新録音の『ザ・フェイク・サウンド・オヴ・プログレス 』(2001年)とともに、彼らはメジャー・デビューした。そしてロストプロフェッツはKerrang! 誌で最優秀イギリス新人バンド賞を2001年に獲得し、2002年3月にリリースされた3枚目となるシングル“The Fake Sound of Progress”がシングル・チャート最高位21位まで登りつめ、彼らの人気は確固たるものとなりつつあった。

 2003年11月のシングル“Burn Burn”は最高17位を記録、翌2004年1月にリリースされたシングル“Last Train Home”は8位を記録するなど、順調にスターダムへの階段をロストプロフェッツは登っていく。そして2004年2月にようやくリリースされたアルバム『スタート・サムシング』(Start Someting)(2004年)はイギリスでは4位を飾り、アメリカでも33位のヒットを記録した。これがアメリカでの突破口となり、ひいては日本のサマーソニックやイギリスのレディング・フェスティヴァルなど数多くのフェスティヴァルに出演するようになる。

 2005年には、しかしながら、マイク・チップリンが音楽性の違いから脱退。そのため3作目となる『リベレイション・トランスミッション』(Liberation Transmission(2006年)にはゲストとしてジョシュ・フリースと、アメリカ人で弱冠17歳というアイラン・ルービン(Ilan Rubin)がドラムを叩いた。オリジナルメンバーの脱退、それに伴うゲストの参加、そして音楽性の変化をロストプロフェッツは経験するが、同時に本作は初の全英1位に輝く。したがってこのアルバム『リベレイション・トランスミッション』は名実ともに転換期を示すものとなった。

 『リベレイション・トランスミッション』に伴うツアーでは、アルバムにゲスト参加したルービンが同行。そして2007年、ロストプロフェッツはルービンを正式メンバーとして迎え、4枚目のアルバムの制作に入る。だが制作は難航。ついには2008年暮れ、ルービンがバンドを離れる。ルービンはナイン・インチ・ネイルズに加入したが、ロストプロフェッツはルービンのドラムをアルバムで全面使用。再び空席となったドラムの席に座ったのは、イングランド人のルーク・ジョンソン(1981年3月11日生まれ)だった。ルークの父親はニューオーダーやキリング・ジョークなどのバンドのプロモーターを務める人間であり、その影響もあってルークは2歳から音楽に触れ、5歳の若さ(幼さ!)で父親の仕事に同行したりした。

 バンドは2009年10月1日に先行1stシングル“It's Not the End of the World, But I Can See It from Here”をリリース。翌2010年1月4日、アルバムから2枚目となるシングル“Where We Belong”をリリースし、4枚目となるアルバム『ザ・ビトレイド〜裏切られし者たち』(The Betrayed)(2010年)が日本で同年1月13日、イギリスで同年1月18日にリリースされた。本作はイギリスチャートで最高3位をつけた。

 2011年初頭、ロストプロフェッツは次なるアルバム作成のために、スタジオ入りする。その一方で8月には、短いイギリスツアーに出たりもした。そして年が明けて2012年4月2日、5作目となる『ウェポンズ』(2012年)がリリースされる。


『ウェポンズ』(2012年)発表時

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 「音楽が唯一の現実逃避の手段だったんだ」――と、ヴォーカルのイアンは語る。炭鉱の閉鎖は地域に経済的衰退をもたらし、村はかつての活気を失った。何もすることがなく、何の仕事もない村でエネルギーをもてあました若い彼らは、音楽へと向かう。かつて炭鉱夫たちが合唱に喜びを見出したのとは異なるが、明らかに炭鉱閉鎖後の村からは新しいウェールズの音楽が生まれている。そしてその音楽の中心には必ず歌があることは、特筆に価する。演奏している音楽形態こそ違えど、やはりウェールズは「歌の国」なのだ。



[アルバム(選)]
thefakesoundofprogress (2001) (Visible Noise / CK 85955)
 弾けたアルバムだ。何でも日本アニメのファンらしいが、1曲目に「忍vsドラゴン忍者」というタイトルを持ってくる感覚からして、彼らの弾け具合が知れる。全体的に、ハードコアの音とクラブDJの感覚が混ざり、個性的な音を作り出している。展開の早い曲が目白押しなので、音の特徴をあげるのは難しいが、あえてひとつだけ挙げるならば歌だろうか。綺麗なメロディ・ラインが一瞬にして叫び声に変り、さらにはMCまで飛び出す。この変化自在さが、残念ながら次作より後退するが、彼ら独自のスタイルを作り出している。凶暴な歪んだギターによるへヴィなフレーズと、スクラッチの相性が非常に心地よい。また、ドラムン・ベースを生で叩くドラムの軽さが、曲を重苦しくしていないのも良い。

Start Something (2004) (Visible Noise - Columbia)
 ヒップ・ホップの部分が後退し、メロディアスな部分とへヴィさが一躍増したアルバムだ。全米ビルボード誌のモダン・ロック・チャートで1位を獲得した、「ラスト・トレイン・ホーム」(3曲目)の爽快さは1枚目にはない新しさだ。「目覚めよ」(“wake up”)と連呼するキャッチーなサビをもつ4曲目や、ブレイクビーツとソフト・ロックが同居する6曲目、クリーンなギターのリフが印象的な前半からサビで一気に盛り上がる7曲目など、聴き所も多い。メロディアスな11曲目を挟み、ハードコアが連続する9-13曲目は、ハードな音の絵巻物として聴くと楽しい。特にハードコアとプログレが同居したような13曲目は、ラストにはもってこいの盛り上がりを聴かせる。全体を通じて、隠し味的にスクラッチが入るのも良い。

Liberation Transmission (2006) (Visible Noise)
 創立メンバーの1人であるマイク・チップリンが脱退後に作られたアルバムだ。ジャケットもこれまでのどちらかというとアニメチックなものから、紋章を象ったようなヨーロッパ的なデザインに変っている。そして何よりも、サウンドに変化が見られる。これまでのミクスチャー的な感覚は薄れ、統一感がある。それは一言で言えば、彼らが愛した80年代のアメリカン・ロック色である。へヴィなサウンドも最初の数曲のみで、あとは低い所で鳴るベースと、クリーンなギター、そして、美しいメロディ・ラインを歌うヴォーカルが中心となる。まるでボン・ジョビが復活したかのような7曲目の存在や、アメリカ人ドラマーの参加がもたらした音が、アメリカを意識した曲がそのような印象を抱かせるのかもしれない。

The Betrayed (2010) (Visible Noise)
 実にエネルギッシュ。そして苦難の末に産み落とされたこのアルバムを、彼らは「イーヴル・ポップ・ミュージック」と呼ぶ。その“邪悪な”という言葉通り、ポップスと形容するには、あまりにも素晴らしくハードな仕上がりだ。ドラムのエネルギッシュなリズムで幕を開け、瞬時にギターとベースが人の暗黒面へといざなう1曲目“It's Not the End of the World, But I Can See It from Here”は、アルバムの雰囲気を伝えるのに何よりも相応しい先行シングルである。CDのライナーノートによれば、この曲はデモ曲の段階では“東京”というタイトルだったとか。続く2曲目は更に暗い。シャウトするヴォーカルに絡まる変調された声と、スクリーミングが極上の1曲でもある。全力で突っ走る5曲目、デビュー当時のナイン・インチ・ネイルズを思い起こさせる8曲目(本国盤では7曲目)も聴きどころながら、2枚目のシングルにもなった4曲目や10曲目前半(本国盤では9曲目)では、歌詞とは対照的なポジティヴな音が万人受けするだろう。
 なお日本盤(上ジャケット)には2曲(シークレット・トラックも含めると3曲)をボーナス・トラックとして追加収録。初回限定版には3曲のヴィデオ・クリップと、2008年サマーソニック(※日本で夏に行われる野外フェスティヴァルのひとつ)出演時の模様を6曲収録したDVDがついてくる。


The Betrayedイギリス盤ジャケット

Weapons (2012) (Sony Music/ SICP 3454-5)
 全10曲。本作は、アメリカはL.A.で7週間で録音された。プロデュースは彼らとは初の共同作業となる、ケン・アンドリューズ。それまで録音前に綿密な作曲の作業をしてきたロストプロフェッツに、ケンはスタジオに入ってから作業することを推奨。綿密な作業で曲を固めてしまう前に、いろいろな方法を試し、それを録音してみることを勧めたのだ。結果、このアルバムの曲はどれも3日ほどで完成したらしい。この録音から曲を書き上げる方法は、彼らにとって新鮮であり、また、エキサイティングだった。思ったことをその場で試せる環境が、上手く働いた。結果、ここから聴かれる音は、ヴァラエティに富み、同時に、これまでのロストプロフェッツのアルバムと聞き比べても若々しい。何しろ弾けている。一皮向けたようだ。先行シングルとなった「ブリング・ゼム・ダウン」(1曲目に収録)を聴けば、彼らの絶頂ぶりが伝わってくる。かなり激しい曲調ながら、チープなシンセとキャッチーなサビが耳に残る曲だ。続く2曲目(2枚目のシングル)は合唱から始まり、すぐに心地よくもへヴィなリズムが聴くものをとりこにさせる。4曲目や6曲目からは、ケイティ・ペリーの曲をロストプロフェッツ流に解釈したような音が飛び出す。何とも聴いていて飽きない、それでいて耳に残るアルバムだ。
 このアルバムにはデラックス版が存在する。これはイギリス版、アメリカ版、日本版と3種類確認できている。イギリス版およびアメリカ版には、5曲のボーナストラックを収録。ただし若干、内容が異なる。また日本版は、ここから更にボーナストラックが2曲追加されている。つまり7曲ボーナストラックが収録されている計算だ。ちなみにイギリス版および日本版デラックス版には、シークレットトラックが存在する。これが非常にハード。冒頭から酢クリームの連続だ。音もスタジオ一発録りのような、荒々しいライヴ感に満ちた音で、これが本来のロストプロフェッツの姿では、とも思わせる。ファンならば必聴。
 なお日本版デラックス版にはDVDつきの版も存在し、ここには3曲のプロモーショナル・ビデオ(うち2曲は編集違い)が収録されている。この映像からは彼らの美意識を伺い知ることもでき、中々興味深い。





[リンク]
 LOSTPROPHETS.com ... 公式英語サイト。
  ... ロストプロフェッツSony Music Online Japan内のロストプロフェッツ公式日本語サイト。

 DragonNinjaDotCom ... ファンによる英語サイト。オフィシャルサイト以上の情報が充実している?!
 Lostprophets Fanlisting ... ファンによる英語サイト。非常にスタイリッシュ。
 :::::::::::::::: L0STPR0PHETS :::::::::::::::: ... 日本語ファンサイト。画像、歌詞、動画など盛りだくさんのサイト。





ウェールズ?! カムリ!
文章:Yoshifum! Nagata
(c)&(p) 2007-2012: Yoshifum! Nagata








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