ウェールズを感じる
――ウェールズから響く音楽2:クラシックおよび現代音楽――



■キャサリン・ジェンキンス(Katherine Jenkins) 歌(メゾ・ソプラノ)/英語、ウェールズ語他
 グラマラスで健康的。その自慢のボディを十分に響かせた堂々たる熱唱は、イギリス全土の合唱隊が束になってもかなわない。決してこれは過言な表現ではない。歌の国ウェールズから飛び出したウェールズのうら若き歌姫キャサリン・ジェンキンスは、それほどの実力派である。

 キャサリン・ジェンキンスの名は、ウェールズではデビュー以前から聞かれていた。しかし、中でも彼女の名前を一躍スターダムに押し上げたのは、名門ユニヴァーサル・クラシックとの契約の話だろう。彼女はそれまで1枚のアルバムをリリースしたことがなかったにもかかわらず、ユニヴァーサル・クラシックは6枚もののアルバム契約を彼女と結んだ。そしてそのデビュー・アルバムは、クラシック・チャートで1位の座に8週間もの間留まった。いわばウェールズ版シンデレラでもある。

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 南ウェールズのニース(Neath)で1980年6月29日、キャサリンはセルウィン・ジョン(Selwyn John)の双子の娘として生まれる。双子のもう片方を知らずに、妹ローラとともに育ったキャサリンは、7歳の時にはクラシック音楽への興味を示すようになった。彼女はピアノのレッスンを受け、その一方で地元の教会の合唱団にも加わる。そして彼女はその才覚を発揮し、頭角を現してゆく。

 彼女の歌手人生としての未来が明るいことは、彼女が獲得した、2度のBBCラジオ2ウェールズ少女合唱賞をはじめ、数多くの賞が証明している。また90年には王立教会音楽大聖堂歌手団学校のメンバーとなり、後にウェールズ国立青少年合唱団にも3年間在籍するほどの実力の持ち主なのだ。

 だがキャサリンの人生は、明るかっただけではない。非常に親しかった父セルウィンが、70歳で他界する。セルウィンは天寿を全うしたといえるかもしれない(死因は煙草による肺がんだったと伝えられる)。だがキャサリンはその時15歳。多感な年頃である。愛する父親の死を経験するには、若すぎた。

 だがキャサリンは母や妹のことを思うと、自分が強くならねばと決心する。そしてその父の死をきっかけに、それを乗り越えるかのように、音楽の世界へと本格的に飛び込んだ。

 17歳でロンドンの王立音楽アカデミーへの奨学金を修得し、進学。ここではイタリア語、ドイツ語、フランス語のほかにロシア語も学び、モーツワルトの『フィガロの結婚』などを演奏している。

 2003年にはウェストミンスター大聖堂で行われた特別ミサで歌い、また、シドニー・オペラ・ハウスで国際デビューを果たした。この時のショウはBBCウェールズで放送され、40%もの視聴率を得ている。またこの年のラグビー世界大会では、ウェールズ・チームの公式マスコットに彼女は選ばれ、チームの公式ソング“Bread of Heaven”を、百人の男性合唱団を従え、歌っている。

 2004年4月には、デビュー・アルバムPremiereをリリース。リリースされるや否やクラシック部門のチャートで1位に輝き、その座を8週間も守りつづけた。彼女自身はその間、数々のラジオやテレビの出演をこなすと同時に、他のアーティストのツアーにスペシャル・ゲストとして同行。同時にFAカップ・ファイナルで歌い、ブライアン・フェリーやクリフ・リチャードのステージをサポートしたりもしている。

 その多忙なスケジュールを縫うようにして制作され、同年10月18日にリリースされた2作目Second Nature(2004年)は、クラシック部門のチャートで1位を獲得したことは言うにおよばず、ポップス部門のチャートでも20位に入るという偉業をなした。更にこのアルバムはリリースからわずか2カ月でプラチナ・アルバムともなり、彼女の記念碑的アルバムにもなる。

 あけて2005年1月22日、カーディフはミレニム・スタジアムでスマトラ沖地震での被害者を支援する目的で開かれたチャリティー・コンサート(Tsunami Relief Concert)では、エリック・クラプトンやマニック・ストリート・プリーチャーズに交じり、出演している。さらには3月1日に行われた2004年ウェールズ音楽賞で、見事最優秀女性ソロ・アーティスト賞に輝いた。続いて5月には、2005クラシック音楽ブリット賞(2005 Classical Brit Awards)で年間アルバム最優秀賞を獲得。10月には、早くも3作目Living a Dreamも本国でリリースした。この3作目も、後に2006クラシック音楽ブリット賞の年間アルバム最優秀賞を獲得し、2年連続して年間アルバム最優秀賞獲得を成し遂げた。

 そしてようやく11月に、2作目Second Natureを『ディーヴァ』(La Diva)と改題して、世界デビューを果たす。1作目も同時発売という、新人としては快挙であるが、これもわずか1年半ほどの間に彼女が残してきた功績からすれば、当然のことか。デビュー当初からプッシュしてきた当サイトととしては、嬉しい限りである。

 2006年4月には、待望の来日公演を果たした。来日時にはテレビ番組にも出演したので、ご覧になった方も多いだろう。あけて2007年2月には、『セレナード』をリリースする。契約の関係もあるのだろうが、早くも4枚目である。続いて5枚目(間にDVDを2枚リリースしている)となる『リジョイス〜喜びの時』(2007年11月/日本盤は2008年5月7日)をリリースし、更に来る2008年10月20日には賛美歌を集めたクリスマス・アルバムSacred Ariasをリリースした。


2005年クラシック音楽ブリット賞にて

 だがキャサリンのキャリアーは、大きく動いていた。Sacred Ariasリリースの前日、キャサリンのワーナーへの移籍が報じられた。契約金は5800万ポンド。この金額は、クラシック音楽では異例の金額であり、史上最高金額であった。それから約1年後の2009年10月26日、『ビリーヴ』(Believe)(2009年)がリリースされる。日本は契約の関係か、それより半年以上遅れ、2010年7月14日、ようやくリリースされた。


2009年ごろ


 2014年3月、うれしいニュースが届いた。これまでのキャサリンの活躍が高く評価され、OBE(大英帝国勲章)に叙せられた。


OBEに叙せられたキャサリン(母・左、妹・右とともに)





[アルバム(選)]
Premiere (2004) (Universal Classics & Jazz / 986 606-4)
 イギリスで2004年4月にリリースされるや否や、クラシック部門のチャートで1位に輝いたのが本作である。選曲が面白く、「バイレロ」や「アヴェ・マリア」、そしてヘンデルの「私を泣かせて下さい」(オペラ『リナルド』より)のような有名曲に交じり、ウェールズの「ロンザ丘陵」や「愛しきウェールズ」も選ばれている。またバッハの「G線上のアリア」やサティの「ジムノペディ」のメロディに、詞をつけた曲もある。いずれも彼女はオーケストラをバックに、堂々とその声を披露している。中でも「愛しきウェールズ」での熱唱は、見事なものだ。だがその心情には、ジャケット写真の表情に現れているように、デビュー時ならではの一抹の不安も伴ったのではないだろうか。時折細かく揺れる語尾が、そう感じさせる。

Second Nature (2004) (Universal Classics & Jazz / 986903-3)
 デビュー・アルバムのヒットに伴うツアーと、数々の仕事の合間を縫うようにして録音されたのが、彼女にとって2枚目のアルバムとなる本作だ。デビュー・アルバムのリリースよりわずか6ヵ月後のリリースだが、この間、彼女に随分大きな変化が訪れたようだ。デビュー・アルバムにあった不安がなくなり、自信にあふれているのが、堂々とした歌声やジャケットの笑顔やアルバムから知れる。恐らく、アルバム・デビュー後の成功が彼女に大きな自信を与えたためか。曲は2枚目とあって、妥当な路線を選んだのだろう。「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」や「オ・ソレ・ミオ」のような定番曲や、ウェールズの伝承歌「清らかな心」が選曲されている。
 なお本作を『ディーヴァ』(La Diva)と改題して、彼女は2005年11月、世界でビューを飾った。初回特典としては、オリジナル盤にはなかった特典DVDがついている。また、日本盤にはこれ以外にボーナス・トラックとして『オペラ座の怪人』より「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」が入っている。

Living a Dream (2005) (Universal Classics & Jazz / 476 311-0)
 世界デビューに先立ってリリースされた、本国盤3枚目。全16曲。ホイットニー・ヒューストンの映画『ボディ・ガード』の主題歌としても有名な、「オールウェイズ・ラブ・ユー」(I Will Always Love You)のイタリア語版で幕を開ける。この冒頭30秒にわたるアカペラを一度聴けば、誰もがキャサリン・ジェンキンスの名前を忘れることができなくなるだろう。前作よりそのグラマラスなボディを惜しみなく披露するようになったキャサリンだが、その豊満な体全体を響かせる熱唱は、まさに見事。その歌唱力・表現力は、前作を遥かに凌ぎ、聴く者の心をいとも簡単に鷲掴みにする。この他、故ダイアナ妃の結婚式と葬式に歌われたホルストの賛美歌“I Vow to Thee My Country”(組曲『惑星』より「木星」の中間部にセシル・スプリング=ライスが作詞したもの)、『オペラ座の怪人』より「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」、今ではサッカーのワールド・カップで歌われることで有名になってしまったプッチーニの(テノール歌手ルチアーノ・パヴァロッティの持ち歌と言ったほうがわかりやすいかもしれないが)“Nessun dorma”(「誰も寝てはならん」)、カタラーニのオペラ『ワリー』より「故郷を離れて」(“Ebben? Ne andro lontana”)、「アメイジング・グレース」など、選曲は人の興味を掻き立てる絶妙なものばかりである。その中で、ハープに伴われ、深い悲しみをたたえながら歌われるウェールズの伝承歌「白い岩場のダヴィズ」(“David of the White Rock”)は、白眉の出来。アルバム全体が娯楽性のみに流れるのを防ぐ、楔の役目を果たしている。

Serenade (2007) (Universal Classics & Jazz / UCCS-9021)
 1曲目を聴いて、まず、はっとしたのは、声が非常に落ち着きをみせていることだ。これまでとは違った、非常に大人の雰囲気を醸し出しており、また、それが前作、前々作のような色気に結びついていない。これは彼女の魅力が失われたと言っているのではない。キャサリンが新しい大人の成熟した魅力を、存分にみせていると言いたいのだ。この新しい魅力はアルバム全編を貫いており、そのため、アルバム全体を通して落ち着いた良い雰囲気を出している。選曲は映画(「サラ・ベル・テ〜」「ネッラ・ファンタジア」など)、オペラ(「私のお父さん」「シャンソン・ボエーム」など)、「パッヘル・ベルのカノン」「アヴェ・マリア」など多彩である。冒頭でも触れた1曲目「サラ・ベル・テ〜」はブライアン・アダムスのヒット曲「エヴリシング・アイ・ドゥ」をイタリア語で歌ったもの。ブライアン本人がギターでゲスト参加している。出色は「思い出のグリーン・グラス」だ。もとはアメリカのカントリーながら、同郷のトム・ジョーンズがヒットさせた曲でもある。またウェールズの伝承歌「リサ・ラーン」をウェールズ語の原詞で歌っていることは、注目に値する。

Rejoice (2007) (Universal Classics & Jazz / 1755169)
 5枚目のアルバム。シャーリー・バッシーの「何もない私」(“I (Who Have Nothing)”)を除けば、ついにウェールズの曲が消えた(註:本国盤のボーナス・トラックにはトム・ジョーンズの歌唱で有名な「思い出のグリーン・グラス」がボーナス・トラックとして入っている)。キャサリン自身の歌唱も、どちらかと言えばそれまでの大仰なクラシック的なものから、若干、ポップス・フィールド向けの落ち着いたものに変わっている。この落ち着きがいい。何ともいえず、緩やかな癒しの時間をキャサリンの歌声が作り出してくれる。白眉はシベリウスの「ビー・スティル・マイ・ソウル」だ。ポップスとクラシックの両方の歌唱をクロス・オーバーさせたキャサリンならではの独自性が楽しめる。シールの「キッス・フローム・ア・ローズ」のカヴァー、マイケル・ナイマンの「兵士のためのレクイエム」、バーンスタインの「どこかに」など全13曲(限定盤はボーナス・トラック2曲が加わり、全15曲)収録。日本盤の初回限定盤にはDVD(「リジョイス」のプロモーション・ビデオ)がついていた。

Believe (2009) (Warner Music / LC14666/82564828555)
 ワーナー移籍第1段アルバム。デビッド・フォスターがプロデュースをし、自らピアノも弾いた本アルバムは、これまでとはやや方向性の異なる、大人の色を感じさせる落ち着いたアルバムだ。そして意外にも、キャサリンの声を十二分に聴かせる初めてのアルバムとなった。これまでキャサリンのアルバムはどちらかというと、壮大なオーケストラをバックにキャサリンが壮大に歌い上げる、というものだった。それは勿論、キャサリンの声の質や素晴らしさを表現するのに十分なものだった。だが本作では、極力楽器による伴奏が控えられ、何よりもキャサリンの艶やかな声が中心に来ている。そのためこれまではあまり気づかなかった、ファルセットに潜む、どことない蔭りや憂いが聴きとれる。これが何とも魅力的なのだ。またポップスからオペラ、はたまた『ゴッド・ファーザー』のテーマ曲までもキャサリンの色一色に染め上げる様は、フォスターのプロデュース力もあろうが、彼女の本来の力量が初めてここで発揮されたかのようだ。ウェールズの曲は1曲もないが、もう世界のトップスターとなったキャサリンには、そのような狭い枠にとらわれる必要はないのだろう。傑作中の傑作である。





[リンク]
 Katherine Jenkins ... 公式英語サイト。公演予定の告知、ギャラリー、バイオグラフィーの他に本人の日記もある。
 Katherine Jenkins ... UCJ(ユニヴァーサル・クラシック・ジャパン)内の日本語公式サイト。ユニバーサル時代のディスコグラフィー、プロフィールなどがある。

 Katherine Jenkins ... ワーナーミュージック・ジャパン内の日本語公式サイト。プロフィール、ワーナー時代のディスコグラフィーなどがある。

 このアーティストに関するウェブ・サイトの情報をお待ちしております。




ウェールズ?! カムリ!
文章:Yoshifum! Nagata
(c)&(p) 2004-2014: Yoshifum! Nagata








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