ウェールズを感じる
――ウェールズから響く音楽1:ポピュラー・ミュージック――



■ジャココヤック(Jakokoyak) 歌/ウェールズ語、英語
 ウェールズの音楽シーンを眺めていると気づくのが、ベックやエイドリアン・ブリュー、そして大家マイク・オールドフィールドらに代表される、一人多重録音で作られた音楽の少なさである。合唱という集団行動が、根づいているせいなのだろうか。あるいは、他民族支配の下で王や諸侯を中心に団結してきた、民族性ゆえのものなのだろうか。このような背景を持つ民族性が、全てを一人でやるアーティストの誕生は難しくしたことは、想像に難くない。ジャココヤックは、しかしながら、その一人多重録音を活動の中心とするウェールズ出身のアーティストである。

 ジャココヤックは、北ウェールズはアングルシー島のスランゲヴニ(Llangefni)出身のリース・エドワーズ(Rhys Edwards)による、ソロ・プロジェクトである。幼少期に父親が買い与えたカシオのキーボードが、彼を音楽に向わせる原因となったらしい。

 彼は西ウェールズのアベリストウィス大学(Aberystwyth University)に進学し、ここで過ごした3年の間に本格的に音楽活動を始める。以前から集めていた古いキーボードとペダル・エフェクターを使った実験を繰り返しながら、彼は一人、4トラック・レコーダーに曲を録音していった。その曲の総時間は、100時間を超えるとも言われている。この時、既に彼の音楽の方向性は決まっていた。即ちバンドを組み、他人のための音楽を書くことではなく、彼は自身の世界を探求し、広げることを彼は望んだのだ。
 この実験的な一人多重録音がきっかけとなり、バンゴール大学の大学院に道が開けた。2003年8月には、ファースト・アルバム『アム・カヴァン・ディ・ペサイ・プリドヴェルス』(am cyfan dy pethau prydferth)をリリース。この年の最優秀ウェールズ語新人タレント賞に、輝いている。また翌2004年にはBBCラジオ・カムリの最優秀アルバム賞を勝ち得ている。

 2005年にはスーパー・ファーリー・アニマルズのオープニング・アクトとして来日。日本初の完全ウェールズ語ライヴを行った。その後、イギリスに戻り、2006年3月に"Flatyre EP"をリリース。この後は自分のバンドを連れ、定期的にライヴを行っており、BBCラジオ1では、スコットランドの人気バンド、モグワイ(Mogwai)とセッションを行う。

 そもそも一人多重録音は、全てがアーティスト本人の意向のままに描けるという点では、集団での音楽活動より秀でている。その反面、そのアーティストが自信の内世界に留まり、ひいては個人のエゴが強調され、他の人にとっては風通しの悪い音楽になってしまう場合がある。そのため他人に聴いてもらうには、外界と内世界の間でとるバランスの感覚が必要となる。ジャココヤックはその辺りのバランス感覚が、弱冠23歳とは思えないほど優れたものを持っていることは、ファースト・アルバムを聴くとよくわかる。この点で彼は、これから幅広い世界で注目を集めるであろう存在となるだろう。





[アルバム(選)]
am cyfan dy pethau prydferth (2003) (Peski / peski cd001)
 本作、ジャココヤックのデビュー・アルバムは、1998年から2003年の間に録音された曲から制作された。全体を通して感じられるのは、何とものんびりとした(60・70年代が懐かしい人には、“レイド・バックした”と表現したほうがわかりやすいかもしれない)音だ。その音は、どんよりと垂れ込めるウェールズの曇空を、真っ先に想像させる。加えて気だるげな声が、暗雲たる世界をより憂うつなものとする。しかしながらそれとは対照的に、細かい音の放つ、まるで鉱石のような輝きが印象に残る。だから困る。一筋縄では、ジャココヤックの内世界は包括できないのだ。だから何度もでも聴いてしまうし、聴く度に新しい発見がある。そのような困惑と喜びを同時に味あわせてくれる、まるでスルメのようなアルバムだ。唯一残念なことは、アルバム・ジャケットに使用楽器や録音年が記載されていないため、彼の音楽の成長過程を辿ることが出来ないことだ。

Flatyre EP (2006) (Peski / peski cd003)
 5曲入りEP。何とも面白いEPである。ジャココヤックの世界はそのままに、彼の更に深い小宇宙へといざなわれるような1曲目に始まり、その先はどこに行きつくとも知れぬ未知数の宇宙をみせる。この1曲目もけだるさを前面に出しながら、細かいギミックの応酬が一筋縄ではいかない。2曲目は、珍しく英語による歌だ。そして3曲目が、がらりと変わって、アンビエントになる。聴くほうもこの変化についていくのに、やっとである。デジタル特有の軽いドラムに、優しいメロディがのるこの曲は、雰囲気たっぷり。4、5曲目も雰囲気が変わり、マイナー調。だが、一人多重録音にありがちな、風どおりの悪さとは無縁だ。この辺りのジャココヤックの感覚は、すごいものがある。




[リンク]
 Jakokoyak ... 公式Myspaceサイト。音楽も聴かれる。
 Peski Records ... ジャココヤックがアルバムを出したカーディフに基盤を置く、レコード会社のサイト。

 このアーティストに関するウェブ・サイトの情報をお待ちしております。




ウェールズ?! カムリ!
文章:Yoshifum! Nagata
(c)&(p) 2004-2008: Yoshifum! Nagata








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