ウェールズを感じる
――ウェールズから響く音楽1:ポピュラー・ミュージック――



■ジ・アラーム(The Alarm) 歌/英語 & ウェールズ語
 1972年1月30日、北アイルランドのデリーで惨劇が起こった。公民権を求める市民のデモ隊を、イギリスの軍隊が制圧。丸腰の一般人に銃を向け発砲。14人が死亡した。この事件は「血の日曜日」と呼ばれ、世界を震撼させた。それから約11年後、アイルランド出身のバンドU2は「サンデイ・ブラッディ・サンデイ」で、「もう血の日曜日は忘れよう」と世界に向けたメッセージを発した。そして彼らは、世界へと羽ばたいた。

 1985年3月5日、イギリス本土中を巻き込んだ炭鉱夫らによるグレート・ストライキが幕を閉じた。約1年の長きに渡ったこのストライキは、イギリス政府が発表した炭鉱閉鎖に反対するものだった。ストライキは炭鉱夫の敗北で終り、炭鉱閉鎖とともに炭鉱によって生まれた南ウェールズの地域共同体は崩壊した。それから5年後、ジ・アラームは「新しき南ウェールズ」で「大きな変化が必要だ」と、南ウェールズに向けてメッセージを出した。そして彼ら自身が「解散」という変化を経験した。


 80年代に活躍したニュー・ウェイヴ・バンドのジ・アラームは、同時代に活躍し、現在も活躍しつづけるアイルランド生まれのバンド、U2と常に比較される運命にあった。故国にむけた社会性のあるメッセージと、不良のファッションは彼らの共通点だったが、時が経つにつれて、その視線の方向の違いが、彼らを互いに遠ざける結果となった。――白旗を掲げ、「あの『血の日曜日』はもう忘れよう」と民衆に説きながら、U2はアメリカへと渡った。そして、次第にその音楽性までも時代とテクノロジーに合わせて、変化させた。それに対して、ジ・アラームはウェールズの国旗を掲げ、頑なに自分たちの音楽を守った。アメリカに進出しながらも故国に戻り、失われつつあるウェールズ語への悲しみを歌った。このふたつの違いのために、80年代の産業ロックの終焉を目の前にして、一方は世界的なバンドとしての名声を維持し、もう片方はバンドの解散を選んだ。

 ジ・アラームは、北ウェールズのリール(Rhyl)で78年に結成されたセヴンティーンと言うバンドが母体である。このバンドが後に改名し、ジ・アラームとなる。U2の『WAR(闘)』(83年)に伴うアメリカ・ツアーにサポート(いわゆる前座)として参加した後、彼らはDeclaration(84年)をリリース。そこからシングル・カットされた「Sixty Eight Guns」が、UKチャートで17位というヒットとなる。次作Strength(85年)とこれに伴うツアーで、イギリスおよびアメリカでのジ・アラームの人気は確立された。86年にはロサンジェルスでのライヴが衛星中継され、2万5千人もの観衆の前で演奏した。

 Eye of The Hurricane(87年)のリリースとツアーの後、両サイドA面のシングル“New South Wales”をリリース。後のアルバムへの伏線のようだが、この曲は英語とウェールズ語の両方で歌われ、イギリス・チャート40位を飾る。ウェールズ語のレコードでチャート40位を飾ったのは、このシングルが最初である。

 そして故国ウェールズと失われつつあるウェールズ語について歌ったアルバムChange.(89年)をリリースする。ここからシングル・カットされた“Sold Me Down The River”は、全米チャート50位に入るという大健闘をする。このアルバムは、翌90年に演奏はそのままに全編ウェールズ語で歌いなおされ、タイトルもNewid.と改められたものが、LPのみでウェールズでリリースされた。91年6月30日のライヴを最後に、ジ・アラームは解散した。

 そのまま消え去ってしまうかと思われたアラームだったが、転機が訪れる。2000年にリード・シンガーのマイク・ピータース以外のメンバー全員を一新し、ジ・アラームはよみがえった。これは2000年に初のボックス・セットがリリースされたためで、そのプロモーションとして新生ジ・アラームはツアーに出る。その後、2004年2月、ジ・アラームは偽名を使い、シングル“45RPM”をリリース。そして3月には、ジ・アラームの名でIn the Poppy Fields(2004年)をリリースするにいたった。さらには新生アラームのライヴを収録したCD+DVDMMIV: Live in the Poppy Fields [Live] (2004年)も、リリースした。

 更に2007年暮れに嬉しいニュースが届いた。これまでのマイク・ピータースの功績が認められ、11月29日にカーディフで開かれたポップ・ファクトリー・ミュージック賞の授賞式で、貢献賞が送られた。



[アルバム(選)]
STRENGTH (85) (IRS Recrods / 7243 5 77669 2 0)
 ジ・アラームの人気を確立したアルバム。イギリスでは前作の売り上げ(最高6位)には及ばなかったが、アメリカでは初のトップ40入り(最高39位)となった。メロディアスなメロディに載せて、夢破れ、道を誤った友との偶然の再会哀愁漂う物語を歌った「Spirit of 76」をはじめ、佳曲ぞろいだ。「父から子へ」(Father to Son)は炭鉱夫による1984-85グレート・ストライキ下にあって、前年の鉄鋼業のストライキの失敗から体制への反抗をやめるように説く老父と息子の実話を元に作られた。幾度となく“You”(君)とリスナー直接呼びかける力強い「Absolute Reality」から、感動的な「Walk Forever By My Side」(俺の横を永遠に歩いてくれ)への流れは見事。


Eye of The Hurricane (87) (IRS Recrods / 7243 5 77671 2 5)
 3作目。イギリスではチャート33位、アメリカでは77位と前作ほどは売上は振るわなかったものの、中々の佳作である。全9曲を収録し、前半5曲を「民話」と、後半4曲を「エレクトリック」とカテゴライズしている。前半ではシンセサイザーやシンセ・ドラムの使用からアコースティック・ギターを前面にもってくるなど、バラエティに富んだ音作りをしている。中でも珍しいのは、3曲目「ハロー・グラウンド」。民謡風のフレーズが突然、飛び出す。北ウェールズのクロイド(彼らの出身地リールがある州)の寂れた丘を詠ったものだが、これが彼らの故郷にあった石切り場として栄えた丘の姿ならば、次作Change.(89年)を作るきっかけになったことは考えられる。一方、後半の「エレクトリック」からは比較的ストレートな熱いロックが展開する。個人的には「パーマネンス・イン・チェンジ」のサビとハーモニカにぐっとくる。なおブックレットでは、全曲に地名などの注釈が加えられており、歌詞を具体的にイメージするのに役立つ。


Change. (89) (IRS Records / IRSD-82018 )
 Newid.の英語盤。1984-85年のグレート・ストライキの敗北と、大規模な炭鉱閉鎖による南ウェールズの急速な衰退を目の当たりにしたジ・アラームが、ニューウェイブのビートに載せてこの地に向けて放ったメッセージは「変化」であった。アルバムのほぼ全体を通して聴かれるのはこのニューウェイブの音であり、ウェールズらしさというものは感じられない。だがアルバム・ジャケットの透かし窓からのぞくのは、まぎれもない南ウェールズの炭鉱とそこに佇む彼らの姿である。彼らはここに立ち、南ウェールズより生まれたウェールズの伝統文化である合唱団を従え、「大きな変化が必要だ」と、ウェールズへ熱いメッセージを連呼する。だが皮肉にも南ウェールズには変化は訪れず、ジ・アラームにこそ変化が訪れた。解散と言う変化であった。
 そして時が過ぎ、この南ウェールズに本当の変化が訪れる。南ウェールズの廃鉱の村から、ステレオフォニックスやマニックスら、次々と新しいウェールズの音楽が生まれた。これが彼らの求めた変化であったのだろうか?



Change.ジャケットの一部。炭鉱が見てとれる。

NEWID. (90) (Victor / VICP-26)
 故郷ウェールズのことを歌ったアルバムChange.を、ウェールズ語で歌いなおしたアルバムは、ウェールズではLPのみのリリースとなったが、日本のみ『チェンジ〜ウェールズ語バージョン』(90年)としてCD化された。全体を通じて、エネルギッシュなロックが展開される。その中で、終わりからの2曲、「Croesi'r Afon」と「Hwylio Dros Y Mor」(「新しい南ウェールズ」)は異色である。「Croesi'r Afon」には、ウェールズ民謡の面影が感じられ、また、「Hwylio Dros Y Mor」はコーラスとオーケストラを迎え壮大に歌われるが、ここにはウェールズ名物の男声合唱団にも通ずる力強さがある。どちらもニュー・ウェーヴ調の音楽とウェールズの民族性が、混ざっているような感触を受ける。


Standards (90) (IRS Records / EIRSACD1043)
 これまでの10年間を総括するコンピレーション盤である。全15曲収録で、その収録曲はヒット曲の「68ガンズ」や自伝的な内容を含む「スピリット・オブ'76」から、オノ・ヨーコとジョン・レノンの「ハッピー・クリスマス(戦争は終わった) 」までにも及ぶ。全体を通して改めて聴くと、当時は気づかなかったストレートな音楽性に驚かされる。ニューウェイヴが登場したての頃を音を、そのまま継承しているような感触すらある。マニック・ストリート・プリーチャーズの初期の音に通じるような(実際にマニックスはジ・アラームから影響を受けている)美しいメロディと、荒削りのロック魂が同居している。しばしU2と比較されるジ・アラームだが、音楽性においては比較のしようがないだろう。良い悪いではなく、頑なに自分たちの音楽を守ったジ・アラームと、ブライアン・イーノら強力な外部の力によって音楽性から思想までも変化させ、時代の先端へと躍り出たU2では、そのコアからして違うのだ。その中でひとつだけ毛色の違うのが、「ニュー・サウス・ウェールズ」である。炭鉱閉鎖によって変わり行く南ウェールズの姿を、壮大な合唱隊とともに歌う姿は、産業革命によって生まれた炭鉱コミュニティを体現している。


In the Poppy Field (2004) (Victor / VICP-26)
 新生ジ・アラームによるアルバム。先行シングルとしてヒットした“45R.P.M.”(Poppy Fieldの偽名を使ってのリリース)を筆頭に前半6曲にエネルギッシュな曲を、配している。この勢いは往年の精力的な演奏を彷彿とさせ、思わず体でリズムをとってしまう。一方、後半6曲はそれとは対照的な、静かで、穏やかな曲で構成されている。どれも中々の傑曲揃いだが、中でもシンプルなアコースティック・ギターに渋い歌声が載る“The Rock And Roll”や、曲の盛り上がりが素晴らしいタイトル曲が聴きどころだ。






[リンク]
 The Alarm.com ... ファンによるファンのための非営利団体MPO(Michael Peters Organisation)によるサイト。以前はセミ公式サイトだったが、いつの間にやら公式サイトになったようだ。非常に充実した英語サイト。
 The Alarm ... ドイツ語のファンサイト。  ※残念ながらリンク切れになっています




ウェールズ?! カムリ!
文章:Yoshifum! Nagata
(c)&(p) 2003-2013: Yoshifum! Nagata








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